Alastair Macaulay: This Peter Grimes is the stuff of our lives
アラスター・マコーレー:この『ピーター・グライムズ』は我々の人生そのものだ
当館の著名な批評家、アラスター・マコーレーより…
I:デボラ・ワーナー演出『ピーター・グライムズ』の再演
ベンジャミン・ブリテンは30年以上にわたり、自身のパートナーであり恋人、そしてミューズでもあったテノール歌手ピーター・ピアーズのために声楽曲を書き続けた。ピアーズの声のために書かれたブリテンの作品のほぼすべてに共通する特徴は、中音域と高音域の間のパッサッジョ(五線譜の上のE付近)を広範囲かつ目立つように使用している点である。この音域は多くのテノールにとって鬼門だが、ピアーズにとっては自由に航海し、灯台のように輝く場所であった。
『ピーター・グライムズ』(1945年)の第1幕、パブのシーンに良い例がある。町の詩的で荒々しい空想家であるグライムズが、混雑したパブで突然こう歌い出し、周囲を驚かせる。「今、大熊座とプレアデス星団が、大地が動く場所で、人間の悲しみの雲を引き寄せている……誰が空を元に戻し、やり直すことができるだろうか?」
ジョン・ヴィッカースにとって、他の点では忘れがたいほど強烈なグライムズであったが、この高音のEが続く一連のフレーズは、まるで障害物競走のように、一つひとつを下から苦労してアプローチせざるを得ないものだった。ピアーズ以降のイギリスのテノール歌手たち(ロバート・ティア、フィリップ・ラングリッジ、アンソニー・ロルフ・ジョンソンら)は、その音域を維持し、山から山へと軽々と飛び移る術を習得してきた。
しかし、私は誰一人として、ピアーズでさえも、今年5月のアラン・クレイトンのように、これらすべての静かなEをこれほど輝かしく歌い上げた者はいないと確信している。クレイトンが繰り返し「誰が?(Who?)」と歌うとき(今でもヴィッカースがどのように棒高跳びのようにその音に飛びついたか思い出せるが…)