とある2つの「ロシア・ピアニズム」 ソフロニツキーとユージナ③
とある2つの「ロシア・ピアニズム」 ソフロニツキーとユージナ③

金曜連載「名演奏家再批評」の第7弾では、音楽学者・山本明尚が「ロシア・ピアニズム」のピアニストとして並び称されるヴラジーミル・ソフロニツキーとマリヤ・ユージナを、それぞれの録音観に着目して再批評する。全4回のうち、今回は3回目である。
ソフロニツキーの同窓であるマリヤ・ユージナは、1899年にロシア帝国のネヴェリでユダヤ系の家庭に生まれた。彼女はミハイル・バフチンらとの交流を通じて宗教哲学から強い影響を受け、1919年に正教へ改宗した。この決断は家族との精神的な訣別を伴うものであり、生涯を通じて信仰を隠すことはなかった。
ペトログラード音楽院でソフロニツキーやショスタコーヴィチと学んだユージナは、1921年の卒業後、演奏家・教育者として活動を開始した。しかし、公然たる信仰と、当局が禁じていたストラヴィンスキー、ヒンデミット、クルシェネク、バルトークら西側の同時代音楽を擁護したことで、レニングラード音楽院やグネーシン音楽院の職を追われた。彼女にとって演奏とは、楽譜の情報や感情の発露にとどまらず、文学と哲学の構築物であり、信仰告白であり、神への奉仕であった。
晩年も監視下で活動を続け、クラブや病院といった周縁的な会場で演奏を行った。1963年、ハバロフスクでの演奏会で予定曲目を中断し、禁じられた音楽の偉大さを説き、パステルナークの詩を朗読したことで、地元の音楽家たちから告発を受け、5年間にわたり舞台に立つことを禁じられた。
本記事では、マリヤ・ユージナの芸術として、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番K.488(アレクサンドル・ガウク指揮ソヴィエト国立交響楽団)を含むディスク情報が紹介されている。
