SCHUBERT, Winterreise – Esterhàza
エステルハーザのハイドネウム音楽祭でソンライ・ペトラとラウル・ステファニがシューベルトを演奏
第4回ハイドネウム音楽祭(Festival Haydneum)は、ハイドンのオペラや中央ヨーロッパの音楽に焦点を当てたプログラムを継続している。8月29日にはシューベルトへのオマージュとして、ピアノソナタ第21番変ロ長調 D.960と歌曲集『冬の旅』作品89(D.911)が取り上げられた。
1828年9月、死の2ヶ月前に書かれたこの最後のソナタは、演奏者に技術だけでなく、成熟した精神性と、各楽章が持つ内省的な雰囲気を描き出す能力を要求する。ピアニストには、シューベルトを歌わせるために自己を忘れることが求められる。ソンライ・ペトラ(Somlai Petra)はこの境地に達するには若すぎるのだろうか。演奏は技術的に非の打ち所がないが、色彩の描き出しやリズムの緩急、聴衆の感情を揺さぶるような音の強弱のコントロールといった解釈の面で物足りなさが残った。
この記念碑的なソナタでは期待を下回ったものの、ピアニストとしての彼女は、ラウル・ステファニ(Raoul Steffani)との共演による『冬の旅』では、稀に音が強すぎる場面を除き、優れたパートナーぶりを発揮した。テノール用に書かれたこの歌曲集は、早くからバリトン歌手たちを惹きつけてきたが、非常に若いステファニもこの声域に属する。一部の同業者は彼の若さを否定的に捉えたが、我々はむしろそれが感情の誠実さを予感させるため、長所であると感じる。いずれにせよ、彼の声の美しさは際立っており、発声や投影、音色の魅力、そして強弱のコントロールに見られる確かな技術が光る。残るは解釈の問題である。シューベルトがヴィルヘルム・ミュラーの詩を通じて表現した深い絶望を、歌手がどう伝えるか。休憩時間に退席した同僚は完全に失敗だと憤慨していたが、我々は彼の若さを考慮すれば十分に成功していたと考える。より囁くような結末を好む声もあるだろうが、ステファニには解釈を磨く未来が残されている。その間も、彼の声の美しさは我々を驚かせ続けてくれるはずだ。