とある2つの「ロシア・ピアニズム」 ソフロニツキーとユージナ②
とある2つの「ロシア・ピアニズム」 ソフロニツキーとユージナ②

音楽学者・山本明尚による連載「名演奏家再批評」の第7弾。本稿では「ロシア・ピアニズム」のピアニストとして並び称されるヴラジーミル・ソフロニツキーとマリヤ・ユージナを、それぞれの録音観に着目して論じる。全4回のうち第2回にあたる本稿では、ソフロニツキーに焦点を当てる。
晩年のソフロニツキーは、大ホールの舞台を避け、気心の知れた聴き手が集まる小ホールでの演奏を好んだ。彼の演奏会では、マイクやテープレコーダーを彼の目の届かない場所に隠すという約束事があった。マイクの存在に気づくと緊張から演奏が崩れてしまうためである。これは単なる「あがり症」ではなく、機械が捉える音への不信感に起因する。彼は自宅での録音時にも、マイクではピアノの真の響きを捉えきれないとして、あえて「録音用」の不自然なペダリングを工夫していた。
ソフロニツキーはレコードを「物神崇拝」と呼び、自身の録音を「私の屍」と称した。しかし、実演に立ち会えない者にとっては、その録音から生の音楽の影を捉えるほかない。同時代人の証言によれば、彼の演奏の特徴は、和音を「垂直の塊」として捉える鋭敏な感性と、しなやかなルバートにある。彼はショパンやスクリャービンを直感で揺らしたが、その奥には強靭な脈動が通っていた。彼はマイクという機械の限界を前に、聴衆の熱気とホールの残響が溶け合う「一回性」のライヴにすべてを懸けた。
1961年に逝去したソフロニツキーの最後のスタジオ録音は、1960年12月11日にラジオ会館で行われた。曲目はシューベルト=リストの〈リタニア〉、リストの《巡礼の年第2年》より〈婚礼〉、スクリャービンのピアノ・ソナタ第2番第1楽章である。彼はこの録音に満足したと伝えられており、現在も彼の演奏の特徴を捉えた名演として聴くことができる。

