第1回 LPによるレーベル拡大期(1950~60 年代) その1
第1回 LPによるレーベル拡大期(1950~60 年代) その1

これから、「クラシック・レコードレーベルと演奏家・録音の100年」と題した連載を開始する。電気録音が実用化された1925年からの100年間をメインに、時代を追って解説する。
1948年6月21日、米コロンビア・レコードはニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテルでLPレコードを公式発表した。最大の特徴は、従来のSP(78回転)が片面約4分半だったのに対し、22分半の再生が可能な点である。過去にも長時間レコードの試みはあったが、素材の耐久性や世界恐慌の影響で成功しなかった。RCAビクターが1931年に発売した長時間盤も、素材の欠陥と不況により1933年に撤退している。
コロンビアの社長ウォーラースタインは、ピーター・ゴールドマークが提案した新方式の開発を許可した。戦後、ウィリアム・バックマンらによりシステムが完成。PVC(塩ビ)素材の採用により「割れない」「極細の溝(マイクログルーブ)」という利点が生まれた。コロンビアは戦時中から16インチのラッカー盤で録音を行っており、LP用の原盤制作に有利だった。第1号(ML4001)は、ナタン・ミルシテイン独奏、ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲である。
コロンビアはRCAビクターに技術提供を打診したが拒否され、RCAは1949年に45回転のシングル盤を発売。両社による「速度戦争」が起きたが、1950年にはRCAもLP発売を表明した。ヨーロッパでも英デッカが1950年にLPを発売し、続いて各社が参入したが、EMIなどの保守的なレーベルは対応が遅れた。SP音源をLP化する作業は困難を極め、ジョン・カルショーは当時の過酷なダビング作業を回想している。同時期、ドイツで開発された磁気テープ録音機が登場し、録音技術に革命をもたらした。