【連載】トーキョー・モデュレーション 第21回/沼野雄司
沼野雄司による連載「トーキョー・モデュレーション」第21回:リザ・リムの音楽とエコロジー

本稿は、連載「トーキョー・モデュレーション」の第21回。筆者の沼野雄司は、ハードボイルド小説の主人公たちが抱える「喪失の孤独」と、芸術の本質的な主題である「失われたもの」との関連を考察する。
ロラン・バルトの『明るい部屋』を引用し、写真が持つ「かつてあった」という感情と「もはや失われている」という認識の二重性について言及。バルトがシューマンの《暁の歌》作品133の第1曲に見出した「やがて死ぬことになる/すでに死んだ」という二重性について論じる。
続いて、現代作曲家リザ・リム(1966-)を取り上げる。リムは2026年にグロマイヤー賞を受賞した個性的な作曲家であり、筆者は2003年のフィンランド「ムジカ・ノヴァ」で彼女と面会した経験を持つ。リムの音楽は、非西洋的な題材を用いながらもオリエンタリズムに留まらず、失われたものをシャーマニスティックに蘇らせる特徴がある。2010年頃からは女性としてのアイデンティティを軸に、エコロジカルな発想を作品に取り入れている。
音楽学における「エコ・ミュージコロジー」の潮流についても触れ、アーロン・S・アレン編『Current Directions in Ecomusicology』などを例に、音楽と環境の相互作用を解説する。
リムの代表作である連作《消えゆくものと暁のコーラス》(2017-18)は、プラスチックごみによる環境問題を背景に、生態学的危機が時間感覚をどう変容させるかを問う作品である。クラングフォラム・ウィーンのために書かれたこの作品には、ヤナーチェクの《草かげの小径にて》の旋律や、絶滅した鳥カウアイ・オオの鳴き声、9世紀の星図といった「時間の痕跡」が埋め込まれている。第1楽章では、ヤナーチェクの旋律をスペクトル分析した音型や、プラスチック・セロファンを用いた演出、カウアイ・オオの鳴き声の不完全な転写などが用いられている。