使用楽譜からみるメンゲルベルク③
使用楽譜からみるメンゲルベルク③

日本語要約
音楽学者・内藤眞帆による指揮者ウィレム・メンゲルベルクの再批評連載第3回。本稿では、メンゲルベルクがブルックナーやチャイコフスキーの交響曲において、楽曲のプロポーションを整え作曲家の意図に迫るために行った「カット(楽曲の一部削除)」という再創造的なアプローチについて、使用楽譜の書き込みやエピソードを交えて論じている。
全文(日本語)
金曜連載「名演奏家再批評」の第6弾として、音楽学者・内藤眞帆がウィレム・メンゲルベルクについて使用楽譜をもとに再批評する連載の第3回。20世紀前半、指揮者が作品に大胆に手を入れることは珍しくなく、メンゲルベルクも楽曲の一部を「カット」することを厭わなかった。
ブルックナーについては、第5番を除くすべての交響曲を指揮した。第4交響曲ではアンダンテとフィナーレにカットが見られ、これは冗長さを排しプロポーションを整えるための処置と考えられる。第8交響曲の終楽章にある2箇所のカットについて、メンゲルベルクはマーラーがブルックナーと直接話し合って決定したものだと述べており、ブルックナー自身の意向が反映されている可能性がある。
チャイコフスキーに対しては、第5交響曲の終楽章で展開部の大規模なカットに加え、コーダ開始部を削除し、直前のドミナント和音に第7音とシンバルの一打を追加した。1909年のモスクワ公演では当初批判もあったが、最終的には「冗長な終楽章をコンパクトにした」と評価された。作曲家の弟モデストは、この解釈を「兄自身によるピアノ演奏に最も近い」と称賛し、チャイコフスキーの自筆譜にも同様の修正があったことを明かした。メンゲルベルクはこのエピソードを総譜に書き留め、後年もこの解釈を貫いた。
メンゲルベルクにとってカットは不遜な改変ではなく、ブルックナーでは巨大な構築物と聴衆を繋ぐ架け橋として、チャイコフスキーでは冗長さを削ぎ落とし作曲家の真の意図に迫るための純化のプロセスとして機能する再創造であった。
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