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アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカ他によるハイドン録音全集CDボックスがデッカより再発売され「ディアパソン・ドール」を受賞

再発売:『Dorati – Haydn, The Complete Decca Recordings』
1956年、ソビエト軍の戦車侵入に伴いブダペストを逃れた80人の音楽家がウィーンでフィルハーモニア・フンガリカを結成した。アンタル・ドラティは彼らを率いてツアーを行い、続いてマーキュリーでのスタジオ録音を行い、特にハイドンの交響曲第94番と第103番を手がけた。1968年、ドラティはこのハンガリーのオーケストラとともにハイドンの交響曲全集を録音する企画をデッカに持ちかけた。「血統がよく気迫に満ちている」というこの楽団の特質は、これらの作品をそのルーツへと回帰させるのに理想的であった。
言葉を実行に移すように、彼は1969年に交響曲第49番から第72番を録音した。所々にわずかな丸みや、さらに彫り込むべき表現の起伏はあるものの、ヴィヴァーチェやプレスティッシモが現れるやいなや、生き生きとした身振り、エネルギー、熱気で聴き手を魅了する。
12月、デッカは以降の録音にゴーサインを出した。ホールの音響がドライすぎると判断されたビーレフェルトを離れ、マールの教会へと場所を移して1972年12月までこの事業は続けられた。合計で281セッション、843時間が必要とされ、録音技師が編集で使用した粘着テープは560キロメートルに及んだ。
プロデューサーのジェームズ・マリンソンの手記は、「緊迫した」雰囲気を描写している。指揮者はすぐに忍耐を失い、「ひとつの言語から別の言語へと切り替えながら、最後にはすべてを投げ出す前に」オーケストラに厳しく当たった。しかし、「牧師のシュナップス」とマリンソンのユーモアがすべてを修復した。
天才の開花
発売時、この全集は啓示的なものとして称賛され、すぐに商業的成功も収めた。規模の大きさ(唯一のライバルであるエルンスト・メルツェンドルファーがウィーンで録音した全集はごく限られた流通にとどまった)や、ハイドンの思考の発展を追うことで強さや経験をいかに増したかを示し、「天才の開花」を聴かせるという意志において、歴史的なものとなった。改善の余地はあるか。間違いなくある。全曲録音を手がけたホグウッド(完結には至らず)やアントニーニ(進行中)は、特に時代楽器の響き、身軽さ、演奏法(抑制されたヴィブラートなど)、楽譜への忠実さ(ドラティは反復を省略している)といった点で、より高い基準を示してくれた。しかしドラティは自身のハイドンを探求し、詩情を与えている。メルツェンドルファー同様、変ロ長調の交響曲「A」と「B」を取り入れているが、ドラティはさらに異稿(第22番、第63番)や別フィナーレ(第53番、第103番)も加えている。オーケストラにチェンバロを忍び込ませ、第6番、第7番、第8番(「朝」「昼」「晩」)ではコントラバスのソロを復活させている。これは「ロンドン交響曲集」(第104番は機知に富む)と並び、このボックスセットの頂点をなすものである。刺激的なソリストたちによる協奏交響曲に加え、珠玉の名演が豊富に含まれている(第22番、第31番、第39番、第44番、第57番、第73番、第86番など)。贅沢な補遺として、1976年から1979年にかけて録音された3つのオラトリオが収録されており、細部まで見事なロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、完璧なダイナミズムを持つ合唱団、そして垂涎の歌手陣(ポップ、コトルバス、ソティン、若きヘンドリックス、ラクソン、ラングリッジ、モルら)が揃う。ここでも、指揮の身振りの強さ、フレーズの雄大な広がり、根源に迫る意志(『天地創造』の導入部など)が魅了する。途方もない記念碑的録音である!
『Dorati – Haydn, The Complete Decca Recordings』。デッカ、41枚組CD。
ディアパソン・ドール


