ヴァヴィロフの過酷な運命 [佐賀県] - 朝日新聞
ヴァヴィロフの過酷な運命 [佐賀県] - 朝日新聞
7月10日はアクロス福岡にチェリスト宮田大さんとピアノのコンサートへ出掛けた。平日の夜にも拘わらず約1800席のホールがほぼ満席。大河ドラマ『べらぼう』のクロージングの曲を担当、音楽番組『題名のない音楽会』などメディアでの活躍もファンを広げている。
一時期、よくインタビューをお願いしたが、宮田さんは「弦楽器の中でチェロは(音域が)人の声に一番近い。それで、チェロの音色を聴くと気持ちが落ち着くんですよ」と語られた。「僕ら演奏家は、作曲家の意図や気持ちを楽譜から読み取って、音にして伝えるのが仕事。やや職人に近いですね」とも。
私は宮田さんの演奏で《カッチーニのアヴェ・マリア》を知った。この曲はイタリアのカッチーニではなく、旧ソ連の音楽家ウラディーミル・ヴァヴィロフ(1925~1973)が真の作者だった。西側の影響を排除し、ガラパゴス化した旧ソ連では芸術家も厳しい制約を受けた。アヴェ・マリア含め宗教音楽の新曲を発表したアレムダール・カラマーノフは当局に氏の音楽自体を上演禁止にされた。
ヴァヴィロフは16~17世紀のカッチーニ作と偽って、自作の《アヴェ・マリア》を演奏し録音したが、1991年の旧ソ連崩壊まではこの曲を知る人は限られていた。90年代、彼が残したアルバムや、イネッサ・ガランテはじめロシア以外の有名歌手も好んで歌ったことから世界に広まり、やがてシューベルト、グノーと並ぶ〝世界3大アヴェ・マリア〟と称せられるに至った。日本でも90年代、男声アルトのスラヴァが歌うこの曲が話題を集め、所収アルバムの売り上げは30万枚を超えた。
だが、ヴァヴィロフ本人はその結末を知る由もなかった。ギターやリュート演奏の他、楽譜の校訂で生計を立てた彼は困窮の末、1973年、48歳の若さで亡くなったからだ。彼の《アヴェ・マリア》の素朴でもの哀しい調べがわれわれの魂の深部に響くのは、救いを求める彼自身の声を聴くせいだろうか。
ヴァヴィロフは耳に残るフレーズを創るのが得意だった。死の数カ月後に出た彼の曲は大ヒットしたと伝わるが、もう少し時期がずれていたらと、運命の苛酷を思わずにはいられない。