Philly fluff
フィラデルフィア管弦楽団の『カルミナ・ブラーナ』とオペラ・フィラデルフィアによる『去年の夏 突然に』の公演レビュー

フィラデルフィアの2つの団体が、性や不道徳を扱った魅惑的な公演を披露した。
先週の金曜日、私は長年一部の批評家や聴衆から悪趣味あるいはスキャンダラスだと非難されてきた2つの作品に囲まれ、非常に充実した一日を過ごした。かつて私の高校で『カルミナ・ブラーナ』が上演された際、性を暗示する表現がほぼすべて削除され、最終的に約15分の音楽しか残らなかったことを鮮明に覚えている。その『カルミナ・ブラーナ』が、ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団による昼の公演で披露された。
夜の演目は、テネシー・ウィリアムズの戯曲『去年の夏 突然に』を新たにオペラ化した作品だった。この戯曲は、アメリカを代表する作家による衝撃的な質の低下を示すものと多くの人に見なされてきた。今日ではめったに上演されず、主にキャンプな遺物とみなされている。
結果として、両公演とも私がここ長年観た中で最も記憶に残り、効果的なものとなった。
■『カルミナ・ブラーナ』(フィラデルフィア管弦楽団)
カール・オルフの傑作は常に幅広い聴衆を魅了してきたが、演奏頻度には流行り廃りがあるようだ。筆者は近年、オペラ・フィラデルフィア、ボストン交響楽団とアンドリス・ネルソンス(タングルウッド)、そしてファビオ・ルイージ指揮フィラデルフィア管弦楽団と、3回実演に接してきた。
そして4回目となった今回のヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏は、過去のどれをも凌駕し、実演はおろか録音を含めても筆者が聴いた中で最高の演奏だった。ヤニックの特長である非常に速いテンポと、楽節間の休止を詰める手法が際立ち、「太陽はすべてを暖める」の部分では神秘性と繊細さも示された。
3人の独唱者も難曲で見事な成果をあげた。バリトンのウィル・リバーマンはバスのような低音と明るいファルセットを効果的に対比させた。ソプラノのジャナイ・ブルッガーは「天秤棒の上に」で豊かに歌い、「いとしい人」の跳躍と高音域を見事にこなした。ジョナ・ホスキンスの歌う白鳥の歌は筆者が聴いた中で最高のものだった(ブルッガーとホスキンスは週前半にメトロポリタン歌劇場の『リンカーン・イン・ザ・バルド』にも出演していた)。
最大の発見はフィラデルフィア交響合唱団と優秀なユース合唱団からなるアンサンブルだった。個々の人間が極めて自然な形で音楽を奏でている感覚があり、聴衆から絶大な賛辞を受けた。
なお、コンサート前半にはサミュエル・コールリッジ=テイラーの『ピアノと管弦楽のためのバラード イ短調』と、ガブリエラ・オルティスの『クララ』(シューマン夫妻へのオマージュ作品)が演奏された。
■『去年の夏 突然に』(オペラ・フィラデルフィア)
本作はテネシー・ウィリアムズの問題作を原作としている。若い女性が、南国の島で欲望を満たそうとした同性愛者の従兄弟が少年の群れに引き裂かれ一部を食べられた顛末を詳細に語るという衝撃的な結末を持つ。
作曲家のコートニー・ブライアンと台本作家のギデオン・レスター、ダニエル・フィッシュは、オペラ・フィラデルフィアとフィッシャー・センターLABの共同制作として、短く引き締まった音楽劇へと再解釈した。バード・サマースケープ2026(※原文ママ)で初演された後、今回フォレスト劇場にて数公演上演された。「解体されすぎている」「1人しか歌わない」「オペラではない」といった不満の声も聞かれたが、筆者は催眠術的で引き込まれる作品だと感じ、戯曲の持つ力を効果的に示した舞台であると評価している。
