不要讓檢定考成為學音樂的阻礙| 雜誌 - UDN
ピアノ教育現場からMUZIKが提言、グレード試験のみを目的にした練習が音楽学習の障害になると指摘
グレード試験を音楽学習の障害にしてはならない
文/MUZIK
先日、英国王立音楽検定(ABRSM)のグレード8(8級)を受験したばかりの12歳の新入生がやってきた。年齢と級から言えば、とても順調に聞こえる。
しかし、保護者から成績が100点台前半(合格ラインすれすれ)だったと聞いたとき、私は非常に驚いた。
近年、子どもたちが受けているABRSMオンライン(録画による遠隔審査)は、4曲の課題曲を演奏するだけでよいため、以前よりはるかに易しくなっている。私の生徒たちの90%はDistinction(特優、130点以上)を獲得しており、その半数は140点以上をとっている。しかし私にとって、成績はあくまで参考指標にすぎない。子どもたちが自信を持ち、楽しみ、嬉しそうに弾く様子こそが、ピアノ学習において最も貴重なことである。
その新入生がピアノを弾いた際、譜読みに明らかな苦労が見られ、演奏にも多くの抜けや欠陥があった。問題の原因はすぐに分かった。「グレード試験のためだけにピアノを練習してきた」典型的な例だった。
保護者は「前の先生が音階を教えていなかったことに後から気づいた。今の試験では必須ではなく、音楽学部を目指すのでなければ練習する必要はないと言われたそうで……」とやるせなさそうに語った。本当に試験のためだけにピアノを習っていたのである。
彼女はこれまで、課題曲集に載っている数曲だけを練習していた。音階やアルペジオ、基礎教本を飛ばして直接課題曲に取り組むほうが早いと考えた結果、基礎力がないためにかえって苦労して練習することになっていた。
「合格したのだし、専門家を目指すわけではないから問題ないのでは」と考える保護者もいるかもしれないが、実際には大きな差が生じる。
最も残念なのは、無理をしてグレード8にしがみつく過程で、子どもが「自分で曲を掌握できた」という達成感を味わえない点である。音楽において最も価値のある「楽しみや心とのつながり」が度重なる挫折の中で削り取られ、学習への興味が失われてしまう。
●時間を節約するつもりのやり方
保護者から「時間がないので試験曲だけを教えてほしい、他の曲は練習しなくていい」と言われることがよくある。
例えばグレード5を終えたばかりの子ども(バッハのインヴェンションを弾き始めた程度の能力)が、時間がないからとグレード8の『イタリア協奏曲』に直接挑戦したとする。実力の差が大きすぎるため、1小節ずつ少しずつ譜読みをし、完全に正しく弾けるようになるまでに半年かかり、さらに数か月かけて指を動かし複雑な声部を処理することになる。
1年が経ち曲がようやく形になっても、子どもは「この曲は長すぎるし、難しくて弾いていても心地よくない」と嫌気がさしてしまう。しかし試験のために無理をして細部を練習し、暗譜する。
グレード8の課題曲だけを練習し続け、2年以上が経ってようやく受験が終わるが、その2年以上の間、子どもの音楽の世界にはその4曲しか存在しなかったことになる。
●別のアプローチをとった場合
子どもの実力に合わせて1〜2か月に1曲のペースでバッハのインヴェンションを進めれば、2年間で全曲を学び終えるだけでなく、声部や段落の処理方法を自ら身につけることができる。
自分の実力に合った曲であれば美しく弾くことができ、自身で掌握できるため、楽しさと自信が育つ。
同時に音階、アルペジオ、ソナチネ、ロマン派の作品なども並行して学ぶ。十分な実力を蓄えた上でグレード8の曲に取り組めば、能力が達しているため苦労せずに習得できる。またこの2年間、曲が仕上がるたびに発表会や小さなコンクールに参加し、ステージ経験を通じて音楽との結びつきを深められる。
2年後にはグレード8に合格するだけでなく、豊富なレパートリーとステージ経験が得られる。
「常に新しい曲を学び、上手に弾けて進歩しており、音楽を人と共有できる」という前向きな心境で過ごすことができる。
●グレード試験は難しいのか
何も学ばず試験曲集だけに固執していれば、試験は非常に難しくなる。
しかし、身につけるべき基礎を固め、各音楽様式のスタイルや語法を広く理解していれば、試験は難しくなく、本来持っている能力を発揮する場にすぎない。
「音楽を学ぶのは趣味を育てるため」と言われるが、試験だけを追い求め、級が終われば次の級の課題曲へ直行するというやり方では、本当の実力がつかないばかりか、興味さえも失われてしまう。
試験をうまく利用すれば学習の助けになるが、点数や証書だけを追いかけると音楽への情熱を奪うものになってしまう。
基礎をしっかり築き、ピアノの音色を人生を豊かにする贈り物とすることで、音楽の道を楽しく歩むことができる。
