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🇯🇵 日本現代音楽レコ芸ONLINE · 2026年7月1日 11:01 · レビュー· 約2分で読めます

【連載】トーキョー・モデュレーション 第20回/沼野雄司

【連載】トーキョー・モデュレーション 第20回/沼野雄司

日本語要約
音楽学者・沼野雄司による連載。アイルランドの作曲家ジェニファー・ウォルシュを取り上げ、彼女が手がける「偽史」をテーマにした音楽作品やプロジェクトを通じて、歴史記述のあり方や現代音楽の可能性を考察する。
全文(日本語)

わたしたちが陰謀に惹かれるのは、それが真実と向き合う重荷から解放してくれるからだ。ネット社会では精巧な偽情報やAI生成コンテンツが溢れ、かつて「動かぬ証拠」だった写真や動画の権威は失墜している。こうした偽情報の氾濫は深刻な問題である。

音楽史においても、マスネのオペラ《ウェルテル》の「オシアンの歌」の歌詞が、実は18世紀のジェイムズ・マクファーソンによる偽作であることは通説となっている。偽史には人を惹きつける魅力がある一方で、権力構造の矛盾を浮かび上がらせ、歴史から抹消された「敗者」の声を拾い上げるという側面もある。音楽史家の間では「もしバッハに息子たちがいて資料を伝えていなければ、現在のバッハ像は異なっていたか」といった仮定が語られることもある。

アイルランド出身の作曲家ジェニファー・ウォルシュ(1974-)は、この「偽史」を真正面から扱う現代音楽家である。彼女はダブリンで生まれ、ケヴィン・ヴォランズらに師事。現在はオックスフォード大学で教授を務める。彼女の代表的な偽史プロジェクト『アイルランド前衛芸術の歴史的ドキュメント』(2016)は、架空の作曲家や団体、建築物などを細密なディテールで構築した壮大な虚構の歴史である。このプロジェクトは、歴史とは発見されるものではなく、何を選び何を捨てるかという「キュレーション」の産物であることを可視化している。

また、ウォルシュは「グルパット(Grúpat)」という架空の芸術家集団も立ち上げ、音楽作品から衣装、批評文までを含めた世界観を設計している。これは、音が流通する環境そのものを設計する試みといえる。こうした手法は、ウンベルト・エーコの小説『フーコーの振り子』が描いた、虚構が現実を侵食していくプロセスと通底している。

ウォルシュは声楽作品やオペラも手がけており、近年のテーマは「火星」である。2025年に完成したオペラ《Mars》では、巨大テック企業による火星開発計画の乗っ取りを題材に、現代社会を映し出している。

▼関連キーワード解説 (6)
沼野雄司人物・団体Wikipedia ↗

沼野 雄司 は、日本の音楽学者、現代音楽研究家。

ジェニファー・ウォルシュ人物・団体Wikipedia ↗

ジェニファー・ウォルシュ は、アイルランド出身の現代音楽の作曲家。現在はドイツ在住。

ケヴィン・ヴォランズ人物・団体Wikipedia ↗

ケヴィン・ヴォランズ は、南アフリカ共和国ピーターマリッツバーグ出身の現代音楽の作曲家。ポストミニマリズムに関係した作風を採る。

足立智美人物・団体Wikipedia ↗

足立 智美 は、日本の音楽家。ヴォイスパフォーマー、自作楽器奏者、作曲家。また、音響詩、美術、舞台音楽などを手がける企画演出。

ウェルテル作品Wikipedia ↗

『若きウェルテルの悩み』 は、1774年に刊行されたヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる書簡体小説。青年ウェルテルが婚約者のいる女性シャルロッテに恋をし、叶わぬ思いに絶望して自殺するまでを描いている。出版当時ヨーロッパ中でベストセラーとなり、主人公ウェルテルを真似て自殺する者が急増するなどの社会現象を巻き起こした。そのため「精神的インフルエンザの病原体」と刊行時に呼ばれたが、現在も世界中で広く読まれている。

証言作品Wikipedia ↗

証言(しょうげん)とは、何らかの事柄が事実である(または事実ではない)ということを自己が証明するため、又は第三者の証明に資するために、自己が経験したこと等を述べることである。

出典: Wikipedia 日本語版(各項目の要約・CC BY-SA)
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