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🇷🇺 ロシアクラシック全般Muzykalnaya Zhizn · 2026年8月15日 17:31 · レビュー· 約4分で読めます

Не крик, но шепот

叫びではなく、囁き

日本語要約
作曲家ミカエル・タリヴェルディエフの音楽的特徴を分析した論考。彼はオラトリオやカンタータを書かず、歌曲や声楽曲を主軸とした。映画音楽においても、大編成のオーケストラを避け、室内楽的な編成や「語り」に近い親密なイントネーションを追求した。特に『十七の春の瞬間』の無言のシーンや『運命の皮肉』におけるギター伴奏の歌曲サイクルなど、静寂と詩的な表現を重視した作曲手法が詳述されている。
全文(日本語)

作曲家の生涯を綴る際、作品リストを並べるのが通例だが、書かれなかったものこそが作者について多くを語ることもある。これはタリヴェルディエフに完全に当てはまる。彼にはオラトリオもカンタータも存在しない。パフムートワから「あなたは幸せね。愛についてだけ書けばいいのだから」と言われたように、彼は愛について叫ぶことを良しとしなかった。目的が手段を決定し、タリヴェルディエフは室内楽的な表現を絶対的なものとした。好んだジャンルは歌であり、形式は歌曲サイクルであった。

20世紀前半のソ連映画では歌が支配的であった。ショスタコーヴィチの『対抗計画』の「朝は涼しさで迎える」がスイスで結婚式の歌として、米国で平和の賛歌として知られるように、歌は映画の枠を超えて民俗化した。ドゥナエフスキーの『サーカス』の「我が祖国は広い」の旋律が全ソ連ラジオのコールサインになったことも印象的である。1960年代初頭、映画の歌は依然として快活で、壮大で、仰々しいものが多かった。タルコフスキーがデビュー作『僕の村は戦場だった』でこれらを不要な重荷として捨て去ったのも頷ける。タリヴェルディエフの抵抗は異なる。彼はクプレ(連歌)形式や、愚かで素朴な歌詞、画一的なリズムに反対した。複雑で特殊な詩、韻や拍の規則性の欠如に惹かれ、日本の伝統的な叙情詩の形式に親和性を感じ、ヴォズネセンスキーの詩をいち早く取り上げ、マヤコフスキーの詩には「気楽で夢中になれる」と語った。

初期の作品である映画『太陽を追う男』の歌では、セミョーン・キルサノフの詩「君にはそんな目がある」を用い、強調された会話調で書かれている。変拍子や単音での朗読、休止を用いることで、旋律を自然な話し言葉に近づけた。句読点へのこだわりはその後も続き、コンマや三点リーダーでキーワードを強調し、カエスーラ(休止)でテキストの重要箇所を浮き彫りにした。作曲家は、この「語る」イントネーションを大切にし、後の声楽曲にも「語るように」「囁きで」「ほとんど喋るように」「一言一言を緊張して発音するように」といった指示を散りばめた。

フランスのヌーヴェルヴァーグの影響を受けたカリック監督の映画には、事実上プロットが存在しない。ソ連映画で中心的な役割を果たしていた言葉に代わり、カメラが上下左右に動き、日常が色彩豊かに描かれる。マヤコフスキーの「私はコップから絵の具をぶちまけ、日常の地図を塗りつぶした」という言葉を想起させる。子供が世界を見る色付きのガラスは、音楽における色彩的な具現化を見出す。タリヴェルディエフは、トランペットやチェンバロの輝かしい音色を、フルートのようなマットで控えめな音色と組み合わせた。チェンバロの疾走とトランペットのファンファーレは、夜の街の場面でのスウィングのリズムによる穏やかな歌の流れや、楽譜に記されていない作曲家自身の伝説的な即興演奏を引き立てる。コントラバス奏者やドラマーを交えたこうしたジャムセッションは、スタジオで一発録りされ、後のサウンドトラックにも頻繁に採用された。

太陽を追う少年の物語は、詩的リアリズムの先駆けとなり、音楽は官僚主義に対する視覚的な抗議となった。タリヴェルディエフは豪華な編成を拒否し、ライトモチーフ的なドラマツルギーに依拠した。何より、彼の映画音楽をより繊細で、親密で、静かなものにする特別な室内楽的イントネーションを捉えたのである。

「ただの歌」という表現は正確ではない。タリヴェルディエフの円環において、それは歌=モノローグ、独白、声楽ノヴェレッテ、歌=ロマンス、歌=レチタティーヴォ、歌=バラードへと変容する。彼が書かなかったのは「無言歌」くらいだろう。その代わりとして、映画『十七の春の瞬間』には「無言のシーン」がある。諜報員たちの物語に衝撃を受けた彼は、シュティルリッツと妻の再会という叙情的なクライマックスのために、約6分間の音楽を書いた。言葉は一切ない。当時の映画としては前例のないことだった。当初はオーケストラを想定していたが、静寂を乱さないためにピアノのみを残した。

映画におけるシンフォニックな豪華さの放棄は、音楽とノイズを融合させるという課題にも起因する。タリヴェルディエフ自身、「音楽がソロとして前面に出ることもあれば、ノイズの下に隠れてそれらと組み合わさるべき時もある。室内楽編成であれば、これらを操作しやすいと理解した」と語っている。

映画『運命の皮肉、あるいは楽しんで!』では、作曲家は最大限に自らを制限した。すべての歌はギター伴奏で半ば歌われ、半ば語られ、一つのサイクルを成している。タリヴェルディエフはそれらを統合し、意味のアーチを架けた。中心となるのは孤独のテーマである。エフトゥシェンコの「私にこんなことが起きている」という親しい魂の乖離についての悲しい考察は、ツヴェターエワの「鏡のそばで」やアフマドゥーリナの「私の通りを」と呼応する。パステルナークの詩「家には誰もいないだろう」で転換が起こる。作曲家はこの曖昧な予感に飛びつく。最初の3連の単調さは、興奮したリズムと新しい調性(ロ短調からホ短調へ)に取って代わられる。エフトゥシェンコとパステルナークの詩による歌は、タイトルバックとオープニングシーンでドラマツルギー的に正当化されている。リャザーノフとタリヴェルディエフは、映画の冒頭で観客を特別な波長に合わせるのである。

原文(抜粋)
Жизнеописание творца нередко принято завершать в одних случаях обширным, в других – менее пространным списком произведений, однако ненаписанное может сказать об авторе больше всего им произнесенного. В полной мере это справедливо по отношению к Таривердиеву: ни одной оратории, ни одной кантаты. « Какой ты счастливый. Ты можешь писать только о любви », – услышал он однажды от Пахмутовой. Как известно, о любви не принято кричать. Так цель диктует средства: камерность возводится Таривердиевым в абсолют. Любимый жанр – песня, форма – вокальный цикл. В советском кинематографе первой половины ХХ века песня царила безраздельно. Случалось, что она не просто выходила за рамки кино, но и проникала в фольклор, где, оседая, переплеталась с интонациями той или иной местности: «Нас утро встречает про
▼関連キーワード解説 (6)
ミカエル・タリヴェルディエフ人物・団体Wikipedia ↗

ミカエル・タリヴェルディエフ は、旧ソ連のアルメニア人作曲家。ソビエト映画音楽作曲家同盟の発足時から総裁を務めた。

パフムートワ人物・団体Wikipedia ↗

アレクサンドラ・ニコライエヴナ・パーフムトワ はロシアの作曲家。

ショスタコーヴィチ人物・団体Wikipedia ↗

ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ は、ソビエト連邦時代の作曲家。交響曲や弦楽四重奏曲が有名である。

ドゥナエフスキー人物・団体Wikipedia ↗

イサーク・オシポヴィチ・ドゥナエフスキー は、ウクライナ出身のソビエト連邦の作曲家、指揮者。オペレッタや映画音楽などの「軽音楽」の作曲家として知られている。

アンドレイ・タルコフスキー人物・団体Wikipedia ↗

アンドレイ・タルコフスキー は、ソ連の映画監督。

マヤコフスキー人物・団体Wikipedia ↗

ウラジーミル#・ウラジーミロヴィッチ・マヤコフスキー は、20世紀初頭のロシア未来派(ロシア・アヴァンギャルドの一派)を代表するソ連の詩人。

出典: Wikipedia 日本語版(各項目の要約・CC BY-SA)
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