색을 듣고, 음악을 맛보다 - 용인일보
アールケカルチャーが主催する夏の音楽会「SUMMER BLENDING」がアンナビニで開催
アンナビニで開かれるアールケカルチャー夏の音楽会
音楽と色、デザートを一つのテーブルに載せた〈SUMMER BLENDING〉
夏を音楽で表現するなら何色だろうか。黄色かもしれないし、熱い赤色や風が通り過ぎる淡い空色かもしれない。ここに味を加えると少し面白くなる。レモンの爽やかさ、ピスタチオの香ばしさ、ダークチョコレートの後に残る苦味のように、一つの季節の中にも互いに異なる感覚が存在する。
クラシック音楽を一つの「コース」のように
今回の公演を企画しながら思い浮かべたものの一つはファインダイニングだった。ファインダイニングの面白さは、馴染みのない、あるいは高価な食材よりも、一皿の中の味と香り、温度と質感、そして複数の皿が続く順序を細心に構成することにあると思う。クラシック音楽も同じだ。どの曲を先に聴かせ、次にどの音楽を配置するかによって、公演の温度と雰囲気は変わる。そのため今回は、一曲一曲を独立して紹介しながらも、公演全体が一つのコースのように繋がるよう構成した。
その過程で、色が音楽とデザートを繋ぐ媒介となった。
〈The Entertainer〉には軽快な黄色、〈La Campanella〉には輝く金色、フォーレの〈Sicilienne〉には淡い空色を思い浮かべた。チャイコフスキーの〈Dance of the Mirlitons〉には緑を、ビゼーの〈Habanera〉には赤色を、クライスラーの〈Liebesleid〉には深いバーガンディを纏わせた。最後の〈Can-Can〉ではオレンジ色のエネルギーが爆発する。黄色から始まり、金色、空色、緑、赤とバーガンディを経てオレンジで終わる一つの夏のパレットだ。
音楽の質感を味に翻訳する
色を決めると、自然と味がついてきた。黄色からはレモンの爽やかさを、緑からはピスタチオとアーモンドの香ばしさを、赤色からはラズベリーの酸味とダークチョコレートのほろ苦さを思い浮かべた。
特にチャイコフスキーの〈Dance of the Mirlitons〉は、『くるみ割り人形』の中のクリスマスとお菓子の国で登場する音楽だが、3本のフルートと軽い弦楽器のピチカートを聴いていると、草笛、揺れる葉、軽い風のようなイメージが浮かぶ。だから、この冬の音楽を夏の夕暮れの緑色で聴き直してみることにした。
音楽を鑑賞することは、作品に記録された情報を知ることで終わらない。同じ音楽もいつ、どこで、誰と聴くかによって新しい記憶とイメージを持つ。冬の音楽が誰かにとっては夏の音楽になることもあるのだ。
私たちは結局、聴くしかない
私たちは目を閉じることができ、口を閉ざすことができる。しかし耳は、手や他の道具の助けなしに自ら完全に閉じることはできない。望むと望まざるとにかかわらず、数多くの言葉と音を受け入れながら生きている。ならば重要なのは、もしかするとどんな物語を聴き、どんな音を近くに置き、そうして聴いてきたものたちを自分の中でどう混ぜ合わせるかということかもしれない。ある音楽は気分を高揚させ、ある音楽は過ぎ去った人を思い出させる。旅した都市を思い出すこともあれば、理由を説明しにくい色一つが浮かぶこともある。そのすべてが各自の経験と混ざり合いながら、同じ音楽も少しずつ異なる音楽になる。
最後にはすべて混ぜてしまう
最後の曲はオッフェンバックの『地獄のオルフェ』の中の〈Galop infernal〉、一般的に「カンカン」として知られる音楽だ。オッフェンバックはオルフェウスとエウリュディケーの崇高な悲劇を覆す。厳粛であるべき地下世界は欲望と快楽が溢れる祭りの空間となり、音楽は次第に速くなり、結局誰もがダンスに飛び込む。
〈SUMMER BLENDING〉も最後には、これまで分けていた境界を少し乱す。
黄色と空色、緑と赤。
甘さと酸味、苦味。
喜びと欲望、愛と悲しみ。
それぞれ異なるように見えるが、結局一人の人間の中に共に存在するものである。互いに異なる味をそのまま持ちながら、一緒にいる時に以前にはなかった新しい味を作る。
〈SUMMER BLENDING〉は、音楽を色で見て味で経験し、各自の記憶と感情をその中に混ぜてみる音楽会だ。
■ アンナビニ「文化のある日」アールケカルチャー音楽会
■ 8月26日午後6時30分 電話予約 010-9783-7963