【連載】プレルーディウム 第20回/舩木篤也
【連載】プレルーディウム 第20回/舩木篤也

音楽評論家・舩木篤也氏の連載「プレルーディウム」第20回。今回は指揮者ミシェル・タバシュニクを取り上げる。タバシュニクはスイス・ジュネーヴ出身で、マルケヴィチやブーレーズのアシスタントを務め、クセナキスからも高く評価された音楽家である。自身も作曲家であり、2016年にはオペラ『Benjamin, dernière nuit』がリヨン歌劇場で初演された。
筆者は2026年5月8日、サントリーホールでの新日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会でタバシュニクの指揮を初めて聴いた。演目はラヴェルの《ラ・ヴァルス》、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番(独奏:アンドレイ・イオニーツァ)、ブラームスの交響曲第2番。特にブラームスの演奏は、テンポや息づかいが大きく変化する点で、ハンス・クナッパーツブッシュの1956年アスコナ・ライヴを想起させるような、驚くべき指揮芸術であった。
筆者はこの演奏の「再現部」の説得力に強く打たれた。折しも筆者は、再開発に伴う立ち退き要求により、2ヶ月間かけて転居先を探すという難儀な状況にあった。最終的にかつて住んでいた荻窪の物件に空きを見つけ、戻ることになった際、その安堵感と同時に、未知の可能性が閉ざされたことへの悲哀を感じた。筆者はこれをソナタ形式の「展開部から再現部への移行」になぞらえ、再現部とは懐かしさと無残さが同居する「時」の変容であると考察する。
タバシュニクのブラームス第2番の再現部では、提示部で3度関係にあった主題が主調のニ長調に収斂され、副次主題が提示部以上に重く鳴らされた。コーダにおける新日本フィルの美しい響きとともに、タバシュニクの濃やかな指揮が光った。なお、関連音源としてタバシュニク指揮ブリュッセル・フィルによるドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》が紹介されている。
