Beautifully curated: Carolyn Sampson & Joseph Middleton explore all manner of obsession in Reason in Madness at Oxford International Song Festival
キャロリン・サンプソンとジョセフ・ミドルトンがオックスフォード国際歌曲音楽祭で「狂気のなかの理性」と題したリサイタルを開催

キャロリン・サンプソンとジョセフ・ミドルトンが、オックスフォード国際歌曲音楽祭の「狂気のなかの理性(Reason in Madness)」において、あらゆる執着を探求した。
ホーリーウェル・ミュージック・ルームにて、ソプラノのキャロリン・サンプソンとピアニストのジョセフ・ミドルトンは、執着と感情がどこまで行き着くのかを探求するプログラムを披露した。シューベルト、ブラームス、シューマン、シュトラウス、ヴォルフ、デュパルク、ケクラン、ドビュッシー、サン=サーンス、ショーソン、プーランクによる歌曲が歌われ、グレートヒェン、オフィーリア、ミニョン、ビリティス、そしてコクトーの『モンテカルロの女』といった人物たちが呼び起こされた。
演奏会の冒頭では、音楽祭のエマージング・アーティストであるメゾソプラノのクララ・ソレンとピアニストのジョージ・ハーバートが登場し、イェスタ・ニューストロムとアルマ・シンドラー=マーラーの歌曲を演奏した。
ストックホルム、コペンハーゲン、パリ(ヴァンサン・ダンディらに師事)で学んだニューストロム(1890〜1966)の作品からは、3人のスウェーデン人詩人のテキストに基づく1948年の歌曲集『砂州にて(På reveln)』が取り上げられた。表題曲「På reveln」は喚起力のあるピアノと直接的な声のラインが独特の雰囲気を作り出し、「Otrolig dag(特別な日)」は繊細なピアノと叙情的な声の書法を見せた。「Havet sjunger(海の歌)」は憂愁から豊かなロマンティックなドラマへと展開した。続いて演奏されたアルマ・シンドラー=マーラーの「Erntelied(収穫の歌)」は、流れるようなピアノの親しみやすい旋律で始まりつつも、和声が複雑さを増し、後期ロマン派の豊かな響きへとドラマが高まった。
続いてキャロリン・サンプソンとジョセフ・ミドルトンが登壇し、シューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」で開始した。内面的で抑制された表現から、「sein Kuss(その口づけ)」のクライマックスを経て、サンプソンは明白な不安と動揺を表現した。その後、同じハイゼの詩に基づくブラームスの「少女(Mädchen)」とシューマンの「糸紡ぎの女(Die Spinnerin)」が演奏され、素朴な民謡風の性格やピアノによる糸紡ぎの描写が示された。
さらにオフィーリアの人物像へと移り、シューマンの「心の痛気(Herzelied)」、そして劇中で女優が歌うために書かれたブラームスの「オフィーリアの歌(Ophelia-Lieder)」全5曲がシンプルかつ直接的に演奏された。対照的に、リヒャルト・シュトラウスの「オフィーリアの3つの歌(Drei Lieder der Ophelia)」は複雑な作品であり、「Wie erkenn' ich mein Treulieb」では角ばった声のラインと眩いピアノ、「Guten Morgen, 's ist Sankt Valentinstag」では激しい表現、そして「Sie trugen ihn auf der Bahre bloss」では不気味で落ち着かないピアノとサンプソンの声がオフィーリアの狂気と急変する心情を捉えた。
続いてゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』に登場する悲劇的な少女ミニョンの世界へと移り、前半の最後はフーゴ・ヴォルフの『ミニョン歌曲集』で締めくくられた。「語れと命じないでください(Mignon I - Heiss’ mich nicht reden)」の荒涼とした感動、「ただ憧れを知る者だけが(Mignon II - Nur wer die Sehnsucht kennt)」における緊迫感と不安、「このままの姿でいさせてください(Mignon III - So lasst mich scheinen)」の心に残る表現、そして「君よ知るや南の国(Kennst du das Land)」では感情の高まりとともにミニョン自身の世界が描き出された。
休憩後はフランス音楽へと移行し、同じくミニョンを題材としたデュパルクの「ロマンス」などが演奏された。

