마라톤과 클래식, 두 개의 수련 - 브런치
マラソンとクラシック、二つの修練
耳で治め、体で進む
若い頃はロック音楽を好んで聴いた。その音楽を聴くと、今でも若い日の熱気と自由さが思い浮かぶ。
クラシックを本格的に聴き始めたのは50代前半だった。
老後に何をして生きていこうかと考えたある日、クラシック音楽カフェを運営したらどうだろうかという漠然とした想像をした。その考えが私をクラシックの世界へと導いた。
最初からマーラーやワーグナーを聴いたわけではない。馴染みのある作品から始めて良い演奏を探して聴き、レコードを集め、公演映像を見ながら少しずつ世界を広げていった。
そうして時間が流れた後にようやく、マーラーとワーグナーが初めて心に入り込んできた。
マラソンは58歳で始めた。
ある春の日、ふとこんな考えが浮かんだ。
『私はこれから残りの時間をどんな体で生きていくのだろうか』
私に必要なのは、長く着実に続けられる運動だった。58歳の春、そうして自分自身に走ることをプレゼントした。
最初は1kmだった。急がなかった。少しずつ距離を伸ばして10kmを走り、ハーフマラソンを経て3年目に初のフルコースを完走した。
初のフルコースは容易ではなかった。17kmを過ぎて腸脛靭帯炎で膝の痛みが始まり、歩いては走ることを繰り返した。諦めたい瞬間が数え切れないほど訪れた。
しかし、ゴールラインが近づくほど心はむしろ落ち着いた。
あと一歩だけ。
ゴールラインを通過する瞬間、1kmをようやく走った58歳の春の日が思い出された。
クラシックとマラソンは全く違う世界のように見える。一方は耳で聴く修練であり、もう一方は体で行う修練だ。
しかし、長く付き合ってみると両者は似ていた。
初のフルコースを完走した瞬間と、マーラーが初めて心に入ってきた瞬間。
どちらも諦めずに時間を耐え抜いた後に初めて自分のものになった。
初めてマーラーを聴いた時と、初めて1kmを走った時の私は大きく変わらなかった。どこへ行くのかも分からないまま、ただ一歩ずつ進んでいたに過ぎなかった。
60歳を過ぎてようやく分かった。
本当に価値のあるものは急いで得られるのではなく、長い時間を耐え抜いた末に初めて人生の一部になるということを。