【連載】トーキョー・モデュレーション 第22回/沼野雄司
音楽学者・批評家の沼野雄司が連載「トーキョー・モデュレーション」で作曲家クララ・イアノッタの作品とノイズ表現を論じる

沼野雄司による連載「トーキョー・モデュレーション」第22回。
筆者は村上龍の『限りなく透明に近いブルー』や『コインロッカー・ベイビーズ』に触れ、情報とノイズの区別や「ノイズキャンセリング」の概念から、ノイズとは物理的・絶対的な存在ではなく心理的・歴史的・個人的な在り方をしていると考察する。
その文脈から、ローマ出身でフランスで学びベルリンに住む作曲家クララ・イアノッタ(1983-)の作品を取り上げる。彼女の作品では弦の軋みや金属の触れあう音、摩擦による微細な振動など、消え入りそうな小さな音が重要とされる。
17人の奏者のために書かれた代表作《復活を目指して――春、あるいはそれに類する何か》(2014)では、冒頭でフルート、クラリネット、ファゴットの奏者が楽器の代わりに電気メガホンに向かって唇や舌を動かし、飴玉を舐めるような口腔内の音を発生させて増幅させる。タイトルの由来はアイルランドの詩人ドロシー・モロイ(1942–2004)の詩『Playing the Bones』の一節であり、身体が朽ちた後の骨が楽器になるイメージと結びついている。作品はモティーフや和声ではなく、質感や密度、振動の持続によって構成されている。
また、イアノッタの作品は一見ラッヘンマン的と捉えられがちだが、ラッヘンマンの批判的・冷徹なノイズと異なり、親密な柔らかさを持っていると筆者は指摘する。イアノッタは2024年の「パリの秋」音楽祭のインタビューで、楽器の制約から始めるのではなく、頭の中で完全に抽象的な音をイメージした後に楽器やあらゆる手段を用いて具現化すると語っている。
もう一つの注目作として挙げられるのが、同じくモロイの詩に由来する《ジャム瓶の中の死んだスズメバチ (i)》(2014–15、ヴァイオリン独奏)。この曲はバッハの《パルティータ第1番》の〈コレンテ〉のドゥーブルを下敷きにした「パリンプセスト」的な構造を持ち、後に弦楽オーケストラ版や弦楽四重奏版(エレクトロニクス含む)へ発展した。
筆者は、イアノッタが探究しているのは単なる新奇な音色やノイズではなく、通常では捉えきれない響きを発見することであると論じている。
