Nacionalismos y nostalgias
クリスティアン・マチェラル指揮バルセロナ交響楽団によるスメタナ、ショパン、ラフマニノフ公演の批評
バルセロナ交響楽団(OBC)の今シーズン第3回目のコンサートで披露されたすべての音楽には、本稿のタイトルが示す「ナショナリズム」と「ノスタルジー」という深い意味を持つ2つの言葉が浮かび上がっていると確信している。一般的にナショナリズムとノスタルジーは、密接でなくとも並行して進むものである。現れ方は大きく異なるものの、OBCが演奏した3つの作品には十分なナショナリズムと、同等のノスタルジーが宿っている。さらにそのうちの2作品には、「亡命(追放)」という第3の言葉を結びつけることができる。
これらの要素は作曲家や作品ごとに異なる形で現れる。演奏された最初の曲、スメタナの連作交響詩『わが祖国』の第2曲である名高い「モルダウ」は、最も顕著なナショナリズムの精神を持ち、亡命の要素はないものの強いノスタルジーが存在する。楽譜に美しく描かれた川の長く滑らかな流れは、スメタナの愛するボヘミアの地を巡るノスタルジックな旅にほかならない。水源の山々から森や村を抜け、プラハの街に至り、第1曲で描かれたヴィシェフラト城の動機がノスタルジックな壮大さをもって最後に現れる。フランス国立管弦楽団の音楽監督を務めキャリアの絶頂にあるクリスティアン・マチェラルの的確な指揮のもと、オーケストラはチェコ・レパートリーのこの名作の持つナショナリズムの根源とノスタルジーを、豊かな表現力と熱量をもって披露した。
続いて演奏された2作品には、亡命の存在が含まれている。ショパンのピアノ協奏曲第1番(作品11)は、祖国ポーランドへの別れを刻んだ作品であり、後に恒久的な亡命となった。情熱的で華やかなロマン主義的ナショナリズムの枠組みにあり、ショパンの常としてピアノ独奏に主役が置かれ、オーケストラは控えめな背景にとどまる。ソリストには、ワルシャワのショパン国際ピアノコンクールで話題を集めた25歳のジョージア人ピアニスト、ダヴィド・フリクリを迎えた。フリクリの演奏で特筆すべきはラルゲットであり、ショパン自身の言葉である「静かでメランコリックなロマンス…月光のもとの夢想のようなもの」に完全に合致し、ノスタルジックで優雅な夜想曲のように響いた。一方、第1楽章のアレグロ・マエストーソは優雅さに満ちていたものの勢いに欠け、輪郭が穏やかすぎて淡白な印象を残した。終楽章のロンドは軽快かつ祝祭的で、非の打ち所のない正確さで演奏された。なお、OBCの今シーズン最初の3回の公演で、ショパンの2つの協奏曲が早くも演奏されたことになる(3週間前にはヤン・リシエツキにより第2番が演奏された)。
プログラムの後半はオーケストラと指揮者に焦点が当てられ、ラフマニノフの交響曲第3番が演奏された。この作品はロシアの巨匠の壮大な書法を備えつつ、第2交響曲のような過剰な官能性からは離れ、『交響的舞曲』に近い性格を持つ。晩年の作品であり、ショパンの若き日の亡命とは異なり、60歳を超えたラフマニノフにとって恒久的なものとなった亡命と結びついたノスタルジーが表れている。演奏は非常に説得力があり、特にナショナリズム的要素が舞踏のリズムに現れる第3楽章において、マチェラルは目覚ましいエネルギーと正確さで指揮した。第1楽章でも……(原文途絶)