同じ曲なのにここまで違う 6人が語る同曲異演の楽しみ【前編/チャイコフスキー《悲愴》】
山崎浩太郎と編集部員5名が語るチャイコフスキー《悲愴》交響曲の同曲異演と名盤の魅力

クラシック音楽における一つの作品を異なる演奏で聴く「同曲異演」の楽しみについて、演奏史譚の山崎浩太郎と編集部員5名(A・B・C・D・E)が語り合う座談会が行われた。前編の対象曲はチャイコフスキーの交響曲第6番《悲愴》で、各自が選んだ録音をもとに議論が展開された。
編集Aはバーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック(1986年録音)を挙げ、作品と完全に同化して物語性を極限まで突き詰めた「没入型」の解釈を評価した。
編集Bは飯守泰次郎指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(2012年ライヴ録音)を選び、感情の振幅や枠の大きさを評価するとともに、現在廃盤となっているこの音源のように後から演奏家の大きさを再発見できる録音の意義に触れた。
編集Cはバッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団(2018年録音)を推薦し、苦悩に沈み込むのではなく「歌」を大切にし、旋律の豊かさを際立たせた演奏の魅力を指摘した。
編集Dはクルレンツィス指揮ムジカエテルナ(2015年録音)を取り上げ、二人の主人公が登場する私小説のように作り込まれた解釈や、第3楽章から終楽章へのアタッカ、奏者のブレスやむき出しの生々しさを特徴として挙げた。山崎浩太郎は、呼吸を合わせて音楽を作るバロック系アンサンブルの発想が持ち込まれていると分析した。
編集Eは1950年代の録音としてライナー指揮シカゴ交響楽団(1957年録音)およびフリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団(1959年録音)を挙げ、前世代のロマン主義と比べてフォルムを崩さない端正さや、奇をてらわない怖さを語った。
山崎浩太郎はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団の1983年ライヴ録音を選出。1960年のセッション録音の厳しさと対比しつつ、83年盤の対向配置による自然な流れや、泥臭くないサンクトペテルブルクの都市文化を思わせる厳しさを評価した。また、同曲異演の比較は優劣を決めるためではなく、作品への多様なアプローチを知り、作品の大きさを実感するためのものであるとまとめている。