Иван Никифорчин: Дирижер – это проводник в другие миры
指揮者イワン・ニキフォルチンが語る、モスクワ・フィル主催「ロシア音楽フェスティバル」や自身の歩み

11月にモスクワ・フィルハーモニー協会主催の第2回冬期「ロシア音楽フェスティバル」が開幕する。11月15日から12月13日まで、フィラルモニヤ-2の各ホールで、ロシアの交響曲や器楽協奏曲、児童向け公演、ロシアの民話や民俗芸能、オペラ映画、アンサンブル「ベリョースカ」の公演、ロシア古典文学の朗読など、様々な形式で数十のイベントが開催される。参加者にはワディム・レーピン、アレクサンドル・ギンジン、エカテリーナ・メチェチナ、セルゲイ・ダヴィドチェンコ、フョードル・ベズノシコフ、ダニイル・スピヴァコフスキーらトップアーティストのほか、3つの交響楽団と民族楽器オーケストラが含まれる。フェスティバルのオープニングとクロージングを飾るのは、若手世代を代表する指揮者のひとりイワン・ニキフォルチンと「ロシア音楽アカデミー」である。この音楽祭や様々なオーケストラとの共演、成功の秘訣について、イワン・ニキフォルチン(以下、ニキフォルチン)が音楽評論家のイリーナ・ムラヴィヨワ(以下、ムラヴィヨワ)と語り合った。
ムラヴィヨワ:フェスティバルの開幕と閉幕を担う象徴的な団体として、「ロシア音楽アカデミー」と出演されるのは今回で2回目ですね。このパートナーシップはどのように築かれたのですか?
ニキフォルチン:このように中身が濃く、音楽的規模の大きなプロジェクトに出演できることを大変光栄に思います。私たちの創造的な友情は、「ロシア音楽アカデミー」の音楽家たちの多大な努力の賜物だと考えています。2017年に、将来の妻となるヴァイオリニストのアナスタシア・ラティシェワとともに、志を同じくする素晴らしい音楽家たちを結びつける創作集団を作ろうと決意してから、すでに10年(原文ママ)が経ちました。今日、このような大舞台に立ち、フィルハーモニー音楽祭のオープニングやクロージングという責任あるコンサートを演奏できるようになるまで、私たちは極めて険しい道のりを乗り越えてきました。設立当初から私たちはロシア音楽への愛と献身を示してきました。私たちが発掘し、演奏し、録音したいと願い、この10年間にわたって実践してきたことです。
ムラヴィヨワ:あなたのフェスティバルでのプログラムは、ロシア音楽の美を巡る旅のようなものです。リムスキー=コルサコフの『見えざる町キーテジの物語』の断片や、2022年にモスクワのラフマニノフ国際コンクールであなたを入賞へと導いたラフマニノフの『交響的舞曲』、極めて珍しいレパートリーであるグラズノフのピアノ協奏曲第1番、そしてチャイコフスキー国際コンクールの覇者セルゲイ・ダヴィドチェンコが演奏する同コンクールの象徴でもあるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番などです。このような構成を構築するにあたり、何を念頭に置いたのでしょうか?
ニキフォルチン:音楽祭のプログラムは、私だけの判断ではありません。モスクワ・フィルハーモニー協会には、アレクセイ・シャラショフ率いる非常にユニークなコンサートプログラム担当チームがいます。私たちは細部に至るまで、敬意を持った友好的な形で合議の上で考え抜いています。完成したプログラムは、あらゆる聴衆にとって実に美しく興味深いものとなっています。
ムラヴィヨワ:ラフマニノフ国際コンクールを経てあなたのお名前が広く知られるようになってから4年(原文ママ)が経ちました。この間、急速かつ目覚ましいキャリアを築かれましたね。ご自身の成功の主な要因をどこに見出していますか?
ニキフォルチン:デニス・マツーエフも言っているように、最も重要なのはコンクールの翌日に自分に何が起きるか、つまり実際の仕事が始まってからです。芸術には誠実かつ私心なく取り組まなければなりません。私の人生では、すべてが非常に自然かつ順序立てて展開してきました。まずロシア国立アカデミー交響カペラ(ポリャンスキー率いるカペラ)に入り、合唱団員となり、次に合唱指導者、副指揮者、アシスタント指揮者になりました。その後、自身の団体を設立し、ラフマニノフ国際コンクールがありました。このコンクールは、若手指揮者にとって大聴衆や豪華な審査員に聴かれ、見出される類まれな機会を与えてくれます。成功したキャリアとは、どのように生き、どのような原則や指針に従って行動しているかの延長線上にあります。私の人生において象徴的だったのは、モスクワ国立交響楽団(MGASO)の音楽監督に就任した2024年でした。当時私は29歳で、ロシア史上最年少で連邦管弦楽団の音楽監督となりました。MGASOには膨大な歴史、独自の経験、演奏スタイルがあったため、これは創造面でも人間関係の面でも大きな挑戦でした。私たちはすでに3シーズン目を共に迎え、レパートリーやコンサートのコンセプト、演奏旅行の範囲を広げています。そもそも、私には常に内なる創造への意欲がありました。何かを作り出すこと、明るく純粋なアイデアのもとに人々が団結する感覚が好きです。そうして「ロシア音楽アカデミー」も誕生しました。
ムラヴィヨワ:ところで、あなたとの演奏は心地よく、反応が速く、崩れかけたソリストをフォローでき、アンサンブルの感覚に長けているという意見を音楽家からよく耳にします。それは学んで身につけたものですか、それとも生まれ持った資質でしょうか?
ニキフォルチン:おそらく、生涯を通じて合唱団で歌ってきたことに関係していると思います。幼少期に音楽学校の合唱団で歌い、音楽専門学校の指揮・合唱科で学び、先ほど述べたようにポリャンスキーのカペラに入りました。そして今でも、教会の聖歌隊で歌っています。そこからアンサンブルの感覚、ひとつの途切れのない呼吸の感覚が培われたのでしょう。
ムラヴィヨワ:教会で歌う時間は十分にありますか?
ニキフォルチン:もちろん時間は少ないです。数年前までは、週末や十二大祭などに定期的に歌っていました。現在は復活祭や降誕祭、ソコリニキのキリスト復活教会でのいくつかの主要な祝日に歌っています。私はただ歌うこと、人々が好きで、交流することが好きなのです。
ムラヴィヨワ:ちなみに、指揮者の同僚の中で、あなたほどSNSで積極的に交流している人はいません。定期的に配信を行い、ファンにあらゆる情報を発信していますね。これはプロモーションの必要性からでしょうか、それともオープンな性格というご自身のイメージの一部ですか?
ニキフォルチン:現代はスピードの時代で、非常に多くの出来事が同時に起こります。人は時に集中して選択することが難しくなります。例えば車や地下鉄に乗っている時に、スマートフォンを開いてテレグラムチャンネルやストーリーズを見て、明日興味深いプログラムのコンサートがあると瞬時に知る方が容易な場合が多いのです。しかし私個人について言えば、SNSの運用においては非常に自然体で向き合っています。
