名盤の外側でたどるシャルル・ミュンシュ②
指揮者シャルル・ミュンシュのボストン交響楽団時代の活動と録音

日本語要約
平野貴俊による連載「名演奏家再批評」第8弾の第2回。1949年にボストン交響楽団の音楽監督に就任したシャルル・ミュンシュの活動を、当時の録音や逸話、私生活の側面から振り返る。LPレコードやラジオ放送を通じたキャリアの進展、ボストン響でのレパートリーの傾向、そして1950年代のヨーロッパ・ツアーや音楽界のグローバル化への貢献について詳述する。
全文(日本語)
平野貴俊による連載「名演奏家再批評」第8弾の第2回では、シャルル・ミュンシュのボストン交響楽団(BSO)時代に焦点を当てる。
ミュンシュは1946年から47年にかけてのアメリカ・ツアーでの成功を経て、1949年9月にボストン交響楽団の音楽監督に就任した。クーセヴィツキー没後の1951年からはタングルウッド音楽祭も率いた。就任当初、彼は「喜び(joy)」をテーマに掲げ、生命力あふれる音楽作りを目指した。この時期、LPレコードの普及やラジオ局WGBHによる放送、全米への録音配布などがミュンシュのキャリア形成に大きく寄与した。
在任中のレパートリーはベートーヴェン、モーツァルト、バッハ、ブラームス、ラヴェル、チャイコフスキー、ドビュッシーの順に多く、フランス音楽以外にも独墺の定番曲を多く取り上げた。特にベートーヴェンの交響曲第7番やベルリオーズの『ファウストの劫罰』、ラヴェルの『ラ・ヴァルス』などが重要な録音として挙げられる。
私生活では、1956年のヨーロッパ・ツアー中に妻ジュヌヴィエーヴ・モーリーが死去。その後はピアニストのニコル・アンリオがミュンシュを支えた。また、ミュンシュはNBC交響楽団との共演や、ヴァン・クライバーンとの共演、小澤征爾の登用など、音楽界のグローバル化を体現する活動を展開した。
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出典: Wikipedia 日本語版(各項目の要約・CC BY-SA)
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