Where was the New York Philharmonic on 9/11
9.11同時多発テロ発生時のニューヨーク・フィルハーモニックの所在と音楽家たちの活動について

SNS上で投げかけられた「9.11テロの数日後、グラウンド・ゼロ付近で演奏していたニューヨーク・フィルハーモニックのメンバーは誰か」という問いに対し、貴重な証言が寄せられた。
フルート奏者のミンディ・カウフマンは、9月11日当時、ニューヨーク・フィルはブラウンシュヴァイクに滞在しており、ニューヨークに戻ったのは4日後であったと証言した。また、テロの翌年以降にはグラウンド・ゼロ付近で演奏したが、2001年当時は演奏していないと述べた。
元メトロポリタン歌劇場コンサートマスターのエルミラ・ダヴァロヴァは、テロから数週間後、ニューヨーク・フィルのホルンセクションのメンバー(フィリップ・マイヤーズ、アル・スパンジャー、エリック・ラルスケ、ハワード・ウォール)が、グラウンド・ゼロ周辺でホルン四重奏のプログラムを演奏したと報告した。これは当時、ニューヨーク・フィルが組織した複数のグループによる演奏活動の一環であった。
ヴァイオリニストのユリア・ジスケルは、テロ後の3週間で多くのメンバーが現場付近で演奏したと述べた。ヴァイオリニストのステファニー・チェイスは、9月下旬から10月1日にかけてバッハのソロを演奏したと語った。チェリストのピーター・サンダースは、ニューヨーク・シティ・バレエ団の首席チェリストであったフレッド・ズロトキンがバッハを演奏したと証言した。ベス・ブリンゲルソンは、フルート奏者のポーラ・ロビソンが犠牲者の名前が読み上げられる中で演奏したと報告した。
批評家のティム・ペイジは、友人のマリア・コロンビアがテロ後の数ヶ月間、セント・ポール教会でのコンサートで演奏していたことを回想した。
ウィル・ハーヴェイは、自身は当時ジュリアード音楽院の学生であり、ニューヨーク・フィルのメンバーではないとしつつ、自身の体験を報告した。ハーヴェイは、ジュリアードの仲間と四重奏団を組み、行方不明者の家族が集まるアーモリーで演奏した。その後、グラウンド・ゼロでの瓦礫撤去作業から戻った兵士たちのために、夜間にソロ演奏を行った。演奏曲目には、バッハのパルティータ第2番、チャイコフスキーの協奏曲、ドヴォルザークの協奏曲、パガニーニの奇想曲第1番・第17番、ヴィヴァルディの「四季」より「冬」と「春」、映画『シンドラーのリスト』のテーマ、チャイコフスキーの「メロディ」、アヴェ・マリア、アメイジング・グレイス、マイ・カントリー・ティス・オブ・ザ・ティー、ターキー・イン・ザ・ストロー、バイル・ゼム・キャベッジズ・ダウンなどが含まれる。
チェリストのアリシア・ランディシ=フッカーは、9.11後に救助活動に従事した兄が、ハーヴェイの演奏に深く心を動かされたと記した。
これらの記憶は保存されるべき貴重な記録である。

