HAENDEL, Récital Key’mon Murrah et les Talens Lyriques – Evian
ヘンデル:キーモン・マーラー&レ・タラン・リリック リサイタル – エヴィアン

2027年はエヴィアン音楽祭にとって記念すべき年である。同機関は50周年を祝うとともに、室内楽のために500人の観客を収容できるよう設計された新ホール「Source Vive」の落成により、その歴史の新たな章を開いた。
フィリップ・シアムバレッタとパトリック・ブーシャンが設計したこのホールは、ギャラリーを備え、天窓(オキュラス)を戴く柔らかな色調の楕円形の貝殻のような空間である。この繭のような空間は、アルバート・ヤイン・シューが「グランジュ・デュ・ラック」のほか、パリのシテ・ド・ラ・ミュージック、北京のオペラハウス、コペンハーゲンやルクセンブルクのフィルハーモニーに続き、最後に手掛けた音響設計により、海のような広がりを感じさせる。この「緑の丘」への登頂は、感動を禁じ得ない。
開館週には、ブラームスの室内楽全曲演奏に加え、レ・タラン・リリックが好んで取り上げるヘンデルのリサイタルが行われた。なお、レ・タラン・リリックは来週ボーヌで『アリオダンテ』を上演するほか、クリストフ・ルセの指揮で『テオドーラ』のツアー(オックスフォードからローマ、パリのガヴォーホール、さらに11月にはブエノスアイレス、リマ、モンテビデオなど南米の首都を巡る)を予定している。
キーモン・マーラーとクリストフ・ルセは、昨年トゥールーズでヘンデルの作品を通じて共演し、音楽的な相性の良さを見せている。同地でマーラーは『エジプトのジュリオ・チェーザレ』のセスト役を演じ、批評家ティエリー・ヴェルジェから絶賛された。
今夜のプログラムは、まさにそのセスト役に焦点を当てたものである。見事に構成されたプログラムは、ヘンデルの世界のあらゆる感情を探求した。第1幕の感動的な「Cara speme, questo core」では、カウンターテナーの繊細なフレージングが際立ち、ダ・カーポでの高音の装飾に至るまで、その大胆さと脆さが表現された。感情に奉仕する旋律の運びは、『アリオダンテ』の「Scherza infida」でも同様である。マーラーはストレートな音ではなく、自然で生き生きとしたヴィブラートを用い、歌唱に深みを与えている。
ホール音響の恩恵を受けた『合奏協奏曲 作品3-2』の鋭いアタックと豊かな響きは、各パートの明瞭さとバランスを際立たせ、素晴らしい対比を見せた。「Ombra mai fu」の器楽導入部でも、アンサンブルのレガートや叙情性を犠牲にすることなく、各楽器が明瞭に聴こえた。特に今夜は、コンサートマスター、ファゴット奏者、そして通奏低音の素晴らしい演奏が光った。
「L’Angue offesa mai riposa」も同様のオーケストラ・エネルギーに満ちており、「Crude furie」で見せた明瞭なヴォカリゼーションは、後に続く怒りの感情を喜びとともに表現した。テナーの印象的な音域は、力強い胸声の低音から栄光に満ちた高音まで存分に発揮された。音域の統一感と発声のシンプルさは聴衆を喜ばせた。
アンコールは4曲。再び「Cara Sposa」が演奏され、オーケストラと完璧に調和したエレガントな旋律が披露された。続いて『ロドリーゴ』より「Vincer se stesso è la maggior vittoria」の軽快なヴォカリゼーション、そして最も期待されていた『時と真理の勝利』より「Lascia la Spina」が演奏された。最後は再び『ジュリオ・チェーザレ』より「La giustizia ha già sull’arco」が、生命力にあふれた陽気な勢いで締めくくられた。
冒頭、クリストフ・ルセは、15年間にわたりレ・タラン・リリックを支援し、「Source Vive」という音楽のための貴重な新しい器を提供したアリーヌ・フォリエル=デステゼに感謝の意を表した。
