Lise Davidsen: Verdi album review – star soprano gives opera’s leading ladies radiant power and vulnerability - The Guardian
ソプラノ歌手リーゼ・ダヴィドセンによるヴェルディ・アルバムのレビュー
一流のソプラノ歌手であれば、いつかはヴェルディのアルバムに挑戦するものである。リーゼ・ダヴィドセンは、ヴェルディの主要なヒロインをすべて網羅しようとするような無謀なことはせず、自身の声の才能に完璧に適合する5人の役に焦点を絞った。
彼女は、圧倒的なマクベス夫人で幕を開ける。そのコロラトゥーラは非常に明瞭で、高音域は輝かしく、いとも簡単に歌い上げているように聞こえる。エドワード・ガードナーによる、活気に満ちつつも広がりを感じさせるオーケストラ伴奏は、ダヴィドセンに十分な余地を与えており、従来よりも思慮深い策士としてのマクベス夫人を創り上げている。その頂点となる夢遊病のシーンでは、彼女のブレスコントロールだけでグラミー賞に値するほどである。
彼女は、あらゆるパワーの源泉において、対照的な繊細さを見出そうとしており、概ね成功している(もっとも、ダヴィドセンが演じる女性たちは、決してか弱い存在ではない)。それは『仮面舞踏会』のアリアで、アメーリアが我が子に最後にもう一度会いたいと懇願する場面に最も顕著である。また、『ドン・カルロ』のエリザベートによる運命論的な「世の虚しさを知る神よ」や、マクベス夫人の「光は衰え」の暗い深淵にも、その繊細さは見出せる。全編を通して、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団が、ダヴィドセンの際立った肖像画のために詳細なキャンバスを用意している。
エリザベートが解任された侍女を慰める場面では美しい歌声が響き、『運命の力』でレオノーラが祈りを捧げる場面では輝かしい静寂が感じられる。しかし、彼女が最も聴き手を引き込むのは、『仮面舞踏会』のアメーリアによる「絞首台の場」のモノローグや、『アイーダ』の「勝ちて帰れ!」で公的な感情と私的な感情の間で葛藤する場面である。

