佐藤正浩プロデュース/いずみホール・オペラ2026「ウェルテル」(演奏会形式) - 毎日クラシックナビ
佐藤正浩プロデュース/いずみホール・オペラ2026「ウェルテル」(演奏会形式) - 毎日クラシックナビ
暗い情念を見事にみなぎらせた宮里直樹の圧倒的なウェルテル。
美しく叙情的な音楽に彩られた繊細な心理劇、といえば聞こえはいいが、このオペラに込められたものはもっと毒々しい。ウェルテルは、シャルロットという女性との関係にしか自分の存在意義を見出せなくなった青年で、いまでいえば心理的な視野狭窄(きょうさく)に陥ったストーカーである。音楽自体が耽美的に美しいが、この「狂気」が宿るかどうかで、演奏の深みはまるで違ってくる。
結論を先にいえば、ウェルテル役にはじめて挑んだ宮里直樹が、その暗い情念を見事にみなぎらせた。歌唱表現はむしろ端正なまでに整っていながら、そこに加わる色彩や表情がじつに生々しいのである。
第1幕では少し硬さがあった宮里だが、第2幕になって声に滑らかさが増すと、流麗な歌唱に深みが加わった。シャルロットが夫となったアルベールと一緒に教会から出てくるのを目にして、嫉妬に苦しみながら歌うソロでは、激情の背後に陰鬱(いんうつ)な影がまとわりつき、しかも影の微妙な濃淡をとおして、心の揺れまで表現される。かなり高度な歌唱である。その後の放蕩(ほうとう)息子の寓話に重ねた独白では、繊細な表現に、もはや命が支えられないほどの脆(もろ)さがにじむ。
佐藤正浩が指揮するザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団が、「狂気」を宿したウェルテルに見事に呼応した。暗めの音色を基本にしつつも、うねりながら色彩を横溢(おういつ)させ、ウェルテルの心情と絡み合った。
ほかの歌手陣も、ウェルテルとの対比で存在感が際立った。シャルロットの父である大法官役の妻屋秀和は、安定した歌唱で鷹揚(おうよう)とした人柄を表現し、内省的なウェルテルを浮き立たせた。
アルベール役の甲斐栄次郎は、社会の規範そのもののような折り目正しい歌唱で、思い詰めて周囲の平穏を脅かすウェルテルを浮き彫りにした。ソフィーの石橋栄実も、明るい声で天真爛漫(らんまん)さが表現され、陰鬱な悲劇における清涼剤のようで、ウェルテルの重苦しさが一段と強調された。
さて、ウェルテルとシャルロットだが、5月に新国立劇場で上演された「ウェルテル」では、直情的に突き進むウェルテルと、心が微妙に揺れ続けるシャルロットの対比がすぐれていると感じた。一方、いずみホールでは、宮里のウェルテルが激しい心の揺れを表現するだけに、それに戸惑いながらおおらかさも感じさせる池田香織のシャルロットは、相性がよかったかもしれない。その池田は、第4幕で瀕死のウェルテルを前にした強い感情表現が印象に残った。
また、岸和田市少年少女合唱団が歌う、クリアな響きの「ノエル」(フランス語でクリスマスの意)が耳に残った。それも悲劇や狂気を浮き上がらせるのに貢献する。
(香原斗志)
公演データ
佐藤正浩プロデュース/いずみホール・オペラ2026「ウェルテル」(演奏会形式)
8月8日(土)14:00住友生命いずみホール
プロデュース/指揮:佐藤正浩
舞台監督:松岡 敬太(ザ・スタッフ)
照明:原中 治美
ウェルテル:宮里 直樹
シャルロット:池田 香織
アルベール:甲斐 栄次郎
ソフィー:石橋 栄実
大法官:妻屋 秀和
ジョアン:内山 建人
シュミット:岡村 武琉
ケートヒェン:久光 美早紀
ブリュールマン:磯本 龍成
管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
合唱:岸和田市少年少女合唱団
プログラム
J.マスネ:「ウェルテル」全4幕 演奏会形式/フランス語上演・字幕付