Александр Николайчук: Балалайка давно вышла за пределы народной музыки
バラライカ奏者のアレクサンドル・ニコライチュク、ヴァシレンコ作曲の協奏曲のライブ録音アルバムをメロディアからリリースした経緯を語る

「フィロマ・メロディア」は、全ロシアおよび国際コンクールの受賞者であり、N. P. オシポフ名称国立アカデミーロシア民族楽器オーケストラのソリストを務めるバラライカ奏者、アレクサンドル・ニコライチュクのニューアルバムを発表する。今回彼が取り上げたのは、セルゲイ・ヴァシレンコの「バラライカと管弦楽のための協奏曲」である。この楽器の歴史における重要作の一つでありながら、現在では演奏される機会が少ない作品である。録音は、ニコライチュク自身も主催者の一人を務めた第1回全ロシア・フェスティバル「21世紀のバラライカ」の開幕時に行われた。当初はアルバム化の予定はなかったが、録音を聴いたニコライチュクが単独のリリースとして聴き手に届けることを決めた。作品の選定やコンサート録音の意義について、ニコライチュクがディアナ・ムクルティチャンによるインタビューで語った。
――アレクサンドルさん、あなたは7歳で音楽を始められました。多様な楽器がある中で、なぜバラライカに惹かれたのですか?
「主に祖父のおかげです。私の父方のルーツはブリヤート共和国にあります。子どもの頃は休暇になるとよくそこへ行きました。祖父はトランペット、チャンザ、バラライカを演奏し、家で出し物をするのも好きでした。コソボロトカ(ロシアの伝統衣装)を着て帽子をかぶり、木製スプーンを演奏したりしました。祖父のようになりたいと強く思っていたので、音楽学校に入る時期が来たとき、バラライカを選びました」
――あなたの音楽の道はイルクーツクで始まり、その後モスクワのグネーシン記念ロシア音楽アカデミーへ進み、アンドレイ・ゴルバチョフ氏に師事しました。音楽家としての形成期において最も重要だったことは何ですか?
「何よりも、出会うことができた人々です。9年生を修了した後、サンクトペテルブルクやクラスノヤルスクへの進学も考えましたが、まだ14歳だったため両親が遠くへ送り出すことを躊躇しました。結果としてイルクーツクに残り、音楽学校の恩師であるアナスタシア・ユーリエヴナ・グルクマン先生のもとで学び続けました。彼女は私のためにカレッジ(専門学校)でも教鞭を執ってくださり、私はそこでの唯一の教え子となりました。また、コレペティトアのアンドレイ・アナトリエヴィチ・シチャーギン氏からも大きな影響を受けました。ピアニストとの対話は、私の音楽的視野を大いに広げてくれました。私たちバラライカ奏者は、初めは『カリンカ』や『カマリンスカヤ』の世界に生きていますが、彼のおかげでバロックや、ベートーヴェン、モーツァルトの作品を知ることができました。その後、グネーシン・アカデミーではピアニストのタチアナ・ペトロヴナ・ハニノワ先生の指導を受けました。彼女は私たちの音楽的思考を非常に重視し、例えば自作曲を書かせて厳しく批評することもありました。そしてもちろん、アンドレイ・アレクサンドロヴィチ・ゴルバチョフ先生は私の成長において特別な役割を果たしてくださいました」
――メロディアの新アルバムでは、約100年前に書かれたセルゲイ・ヴァシレンコの『バラライカと管弦楽のための協奏曲』を演奏されています。なぜこの作品を選んだのですか?
「少し話が遡ります。2023年頃、私とアレクセイ・ヴロドリヴェツは、バラライカのアカデミックな演奏に焦点を当てたフェスティバル『21世紀のバラライカ』を構想しました。助成金を申請して支援を受け、実現させることができました。モスクワ国際音楽堂(ドーム・ムジキ)のスヴェトラーノフ・ホールで行われた開幕公演のために、管弦楽伴奏による3つの作品からなるプログラムを準備しました。その皮切りとしてヴァシレンコの協奏曲を選びました。この種の最初期の大作であり、バラライカの歴史において特別な位置を占めているからです。これほど重要な作品であれば頻繁に演奏されて然るべきですが、今日ではほとんど演奏されていません。そのため、再び聴衆に届けることが私たちの義務だと考えました」
――あなた以前には、この協奏曲の録音はパーヴェル・ネチェポレンコがゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮のオーケストラと行った1回しかありませんでした。今回の録音の最大の違いは何だとお考えですか?
「何よりも、以前の録音がスタジオ録音だったのに対し、私たちのものはコンサート録音であるという点です。私たちは弾き直しのきかないワンテイクで演奏しました。そこに特別な価値があると感じています。ステージ上では常に予期せぬことが起こり得ますし、音楽家と聴衆の間にはスタジオでは再現しがたい特別なエネルギーの交換が生まれます」
――しかし、スタジオ録音であればほぼ完璧な演奏を追求できます。後から修正したいとは思いませんでしたか?
「もちろん思いました。正直に言うと、カデンツァでいくつか不正確な音がありました。以前スタジオ録音の経験もあったため、当初は録り直すつもりでした。しかし、サウンドエンジニアのアレクセイ・ポガルスキー氏がそのまま残すよう助言してくれたのです。結果として、その夜に響いた通りの生の演奏を保つために、そのままにすることにしました」
――ということは、このアルバムは前もって計画されたものというよりは、幸運な成り行きで生まれたのですね?
「まさにその通りです。フェスティバル開幕の配信のために質の高いマルチチャンネル録音を行っていたのですが、演奏が終わった後に『良い出来だったのだから、リリースしてはどうだろうか』と考えたのです。バラライカ奏者のアルバムはそう頻繁に出るものではありませんし、この機会を逃したくありませんでした。以前にもメロディアとは協業したことがあったので、単独のアルバムとしてリリースしたいと提案したところ、賛同を得られました」
――指揮者のアレクセイ・モルグノフ氏との共同作業はいかがでしたか?
「当初は別の指揮者が振る予定でしたが、バラライカのレパートリーをよく理解している人物を招くことになりました。アレクセイ自身が教育を受けたバラライカ奏者であるため、どこでテンポを少し落とすべきか、逆にどこで速めるべきかなど、私たちの音楽のあらゆるニュアンスを完璧に理解しています。しかし何より素晴らしいのは、ソリストに非常に気を配ってくれる点です。ピアニストのグリゴリー・ソコロフ氏の言葉に『指揮者は3種類いる。演奏者を邪魔する者、邪魔しない者、そして真に助けてくれる者だ』というものがあります。私の考えでは、アレクセイはまさに3番目のカテゴリーに当てはまります。彼と共演していると、常に寄り添い支えてくれるのを感じます」
