「同じ曲を何度も聴く」から見えてくるもの ――相場ひろさんに聞く、マーラー《第9番》と同曲異演の愉しみ【前編・無料公開】
音楽評論家・相場ひろ氏が語る、マーラー《交響曲第9番》と同曲異演の愉しみ

音楽評論家の相場ひろ氏が、著書『もっときわめる! 1曲1冊シリーズ⑨ マーラー:交響曲第9番』(音楽之友社、2026年7月発行)の刊行に際し、マーラーの交響曲第9番を題材に「同曲異演」の面白さについて語った。
相場氏は、マーラーの作品は楽譜の情報量が膨大であり、オーケストレーションや形式の処理、細かな演奏指示の解釈によって指揮者ごとに大きな違いが生まれると指摘する。また、マーラーと直接交流のあったブルーノ・ワルター、オットー・クレンペラー、ウィレム・メンゲルベルクらの間でも演奏の伝統が一つに定まっていなかったことが、同曲異演の面白さを生んでいると述べた。
第9番特有の点として、マーラー自身が初演できず、没後にワルターが初演した経緯がある。相場氏は、この曲を「この世への告別」と捉えるか、あるいは別の楽曲観を持つかによって演奏が大きく変わると解説。また、マーラーが自身の演奏を通して楽譜を詰めていく過程が第9番にはなかったため、スコアの解釈に演奏家の自由な余地が残されていると語った。
同曲異演の楽しみ方について、相場氏はまず「一枚の録音を繰り返し聴くこと」の重要性を説く。一つの演奏を深く聴き込み、自分の中に曲のイメージを構築した上で別の演奏を聴くことで、曲に対する理解や可能性が広がると語った。また、録音を聴くことは優劣を決めることではなく、イメージを深める体験であると強調した。
初めて第9番を聴く人に向けては、「死を前にした遺言」といった特定の解釈に急いでまとめず、もやもやしたイメージを抱えたまま何度も聴くことを推奨している。本著は、手に入る録音を可能な限り集めて執筆されており、同曲異演の聴き方や楽しみを見つけるための一冊となっている。