訃報 〓 イルゼ・フォン・アルペンハイム(99)オーストリア出身のスイスのピアニスト - 月刊音楽祭
ピアニストのイルゼ・フォン・アルペンハイムが99歳で逝去
オーストリアの出身でスイスのピアニストとして国際的に活躍したイルゼ・フォン・アルペンハイム(Ilse von Alpenheim)が亡くなっていたことが判った。4月11日、ベルン近郊のムリ=ギュムリゲンで99歳で亡くなった。指揮者のアンタル・ドラティの未亡人で、ハイドンやメンデルスゾーンなどの録音、室内楽での共演、ベルンでの教育活動が知られる。
インスブルックの生まれで、ピアノ教師であった母親からピアノの手ほどきを受け、1944年からはキッツビュールでヴィンフリート・ヴォルフに、1945年から1948年にかけてザルツブルクのモーツァルテウム音楽院で学び、フランツ・レドヴィンカに師事した。1951年にスイスへ移住。1955年にハンガリー動乱で亡命した作曲家のシャーンドル・ヴェレシュとベルンで出会って結婚した。
日本政府が1940年の「皇紀2600年」の祝典音楽を欧米6カ国政府に作曲委嘱した時、ハンガリー政府が行ったコンクールでヴェレシュが作曲した交響曲第1番が一等賞を獲得、その年の12月14日に歌舞伎座で行われた式典で、リヒャルト・シュトラウスの《日本の皇紀二千六百年に寄せる祝典曲》やブリテンの《鎮魂交響曲》などと一緒に演奏されている。アルペンハイムは1968年に別れるまで、コンサートやラジオ放送を通じてヴェレシュのピアノ作品を積極的に紹介した。
1962年から1969年まではベルン音楽院でピアノの指導に当たり、1971年にはハンガリー出身の指揮者アンタル・ドラティと再婚。ドラティが1988年に亡くなるまで続いた時間の中で、共演も多く、世界各地でリサイタル、数多くの著名なオーケストラとの共演を重ねた。また、ドラティはアルペンハイムのためにいくつかのピアノ作品を作曲している。
レパートリーは広く、ハイドンのピアノ・ソナタ全集、コンチェルティーノ、ピアノ協奏曲全集を録音している他、メンデルスゾーンの無言歌集全曲、ピアノ作品選集なども録音も残している。一方で、ウィーン古典派や初期ロマン派の音楽にも精通、ヤナーチェク、バルトーク、オネゲル、ヒンデミット、プーランクらのピアノ曲や室内楽作品を特に積極的に取り上げていた。
