女性ヴァイオリニストと「男性性」 ジネット・ヌヴー/イゾルデ・メンゲス③
原田真帆による連載「女性ヴァイオリニストと『男性性』」第3回が公開され、イゾルデ・メンゲスらの録音史における功績とジェンダー観を論じる

連載「名演奏家再批評」は、新世代の書き手がクラシック音楽の名演奏家を4回のリレー形式で論じる企画である。第10弾では、ヴァイオリニストで西洋クラシック音楽におけるジェンダースタディーズを専門とする原田真帆が、録音史初期に足跡を残したジネット・ヌヴーとイゾルデ・メンゲスの2人の女性ヴァイオリニストをフェミニズムの観点から再批評している。
ヴァイオリニストが憧れの存在として挙げる対象を調べると、1990年代生まれあたりから女性奏者をロールモデルにする人が増えていることがわかる。同世代の奏者がヴァイオリンを始めた頃には、アンネ=ゾフィー・ムターが録音を次々と出し、漆原姉妹が活躍し、諏訪内晶子や庄司紗矢香が国際コンクールの覇者となり、1997年にはヒラリー・ハーンがバッハのデビュー盤を発表した。しかし現在でも、愛聴盤に男性演奏家を挙げる人のほうが多数派である。
一方、録音史の黎明期には多くの女性演奏家が貢献しており、とりわけイゾルデ・メンゲスの功績は大きい。メンゲスはJ.S.バッハの〈シャコンヌ〉やベートーヴェンの協奏曲の史上初録音、抜粋録音しかなかったベートーヴェン《クロイツェル・ソナタ》の初の全曲録音を果たした。メンゲスは第一次世界大戦時にアメリカへ疎開して以降、活動を英国内に限ったため知名度は控えめとなっている。
ヌヴーやメンゲスは、ベートーヴェンやブラームスの両協奏曲、《クロイツェル・ソナタ》など、「マスキュリン」と呼ばれる楽曲を録音している。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の作曲当時、マリー・ゾルダート=レーガーが技術面の相談役を担っていたが、その役目は師のヨアヒムの手柄として世間に知られている。ゾルダート=レーガーが本番で同曲を初演奏した際、ブラームスは「まるで本物の男じゃないか」と称賛したとされる。「男性的に演奏できないと権威に認めてもらえない」という状況は、彼女たちの時代から100年後の音楽シーンでも同様に観測される。
