Opern-Kritik: Salzburger Festspiele – Saint François d’Assise/Carmen - concerti.de
オペラ批評:ザルツブルク音楽祭 ― 『アッシジの聖フランチェスコ』
「私の願いを聞き入れ、私の魂を牢獄から解き放ってください!」と、死の床にあるフランチェスコの周りで跪くシルヴェストル、ルファン、ベルナールの兄弟たちが嘆願する。彼らは、自らの存在さえ否定するような敬虔で無私な修道会の父が、輝く光輪の中で先立っていくのと同じ至福の救済にあずかることを望んでいる。その音楽は、密度と圧倒的な音量、そして宗教的なキッチュささえ感じさせる感動において、他に類を見ない。生涯を通じてカトリック信仰に深く根ざしていたオリヴィエ・メシアンは、オペラ『アッシジの聖フランチェスコ』において、謙虚さを真の偉大さという衣で包み込む術を心得ていた。ザルツブルク音楽祭では、1992年、1998年に続き、今回で3度目の舞台上演となった。
メシアンは、無私で啓発され、聖人にのみ集中して作曲したわけではない。約4時間に及ぶ本作の8つの場面は、主人公のキリスト教的徳をエピソードごとに展開し、音楽という共通の中心を巡っている。フランチェスコ自身も死の直前に「主よ!音楽と詩が私をあなたのもとへ導きました」と告白している。音楽が直接的に根底にある場面こそが本作で最も印象的である。音楽を奏でる天使の出現や、鳥への説教などがそれにあたる。
ロメオ・カステッルッチの演出は、ザルツブルク・フェルゼンライトシューレの円形アーチを完全に覆い隠し、岩肌を剥き出しにすることで、フランチェスコという人間を裸で荒々しい存在として描き出した。
フランチェスコを演じたのは、カナダ系フランス人のバスバリトン、フィリップ・スリーである。彼の圧倒的な声は、巨大で古風な空間の期待に応え、オーケストラの音の絨毯に負けることなく響き渡った。カステッルッチが課した象徴的な演出の中で、スリーは歌唱と演技の両面で説得力を見せた。演出家は、雨の中で歌うフランチェスコや、火の中のキリスト、土の中の死など、カトリック的な厳格さを伴う視覚言語を駆使した。また、グッビオの狼にちなんだ狼犬や、鳥の説教での鳥の模型、不死の象徴としての孔雀、そして羊の群れなど、動物のメタファーも多用された。
カステッルッチは、メシアンが意図した場面に加え、フランチェスコが衣服を脱ぎ捨てて修道服に着替える場面など、独自の解釈を外科手術のように精密に挿入した。また、工業用オーブンでパンを焼く修道院生活の描写も印象的である。
天使役のソプラノ、ローラン・オリヴァは、その存在感と技術的に正確なフレーズで際立っていた。兄弟役のラッセル・ブラウン(レオン)、レオ・ヴェルモ=デロッシュ(マッセ)、ウィラード・ホワイト(ベルナール)も優れている。ショーン・パニッカーは、驚きと攻撃性を併せ持つハンセン病患者を演じた。
マキシム・パスカル指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、節度がありながらも意欲的な演奏を披露した。ウィーン国立歌劇場合唱団は、フェルゼンライトシューレの背後や上部から、「彼岸」からの合唱として説得力のある存在感を示した。
