名盤の外側でたどるシャルル・ミュンシュ①
名盤の外側でたどるシャルル・ミュンシュ①

日本語要約
20世紀を代表する指揮者シャルル・ミュンシュの生涯を、名盤の影に隠れたエピソードやライヴ録音から紐解く連載の第1回。ストラスブールでの生い立ちから、ヴァイオリニストを経て指揮者へ転向し、パリでキャリアを築くまでの経緯を辿る。
全文(日本語)
金曜連載「名演奏家再批評」の第8弾として、平野貴俊がシャルル・ミュンシュの生涯を4回にわたって論じる連載の第1回。ミュンシュは1891年ストラスブール生まれの指揮者で、パリ音楽院管弦楽団、ボストン交響楽団、パリ管弦楽団の発展に貢献した。本連載では、歴史的名盤の影に隠れたエピソードや近年入手可能となったライヴ録音を紹介する。
ミュンシュはストラスブールの教会オルガニスト・合唱指揮者の父のもとに生まれ、10代半ばでストラスブール市立管弦楽団のヴァイオリン奏者となった。第1次世界大戦への従軍を経て同楽団のコンサートマスターを務めた後、パリ音楽院でリュシアン・カペーに師事。その後、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第2コンサートマスターとして6年間在籍した。1931年、カール・シュトラウベの代役として聖トーマス教会で初めて指揮を経験。パリに移り指揮者としてデビュー後、パリ・フィルハーモニー管弦楽団を経て、パリ音楽院演奏協会管弦楽団の指揮者を務めた。
第2次世界大戦中、パリでフランス人としての矜持を貫いたと戦後主張する一方、ヴィシー政権下で音楽関係の委員に名を連ねていた事実もある。1943年にはオペラ座でベルリオーズの《レクイエム》を指揮。46年には国立管との演奏会でロパルツの《交響曲第5番》を取り上げた。本稿では、ワーナー録音全集(1942年録音)や、1946年のロパルツ:交響曲第5番の配信音源についても言及されている。
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出典: Wikipedia 日本語版(各項目の要約・CC BY-SA)
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