Concerto di belcanto, Simón Orfila – Pesaro
ペーザロでベルカント・コンサートに出演したバス・バリトン歌手シモン・オルフィラ

「歌い、笑わせる」こと。これこそがシモン・オルフィラの二つの情熱であり、ロッシーニ・フェスティバルの参加者にとってお馴染みの「ベルカント・コンサート」(今年は午後の開催ではなくランチタイムに行われた)の場で、ペーザロにて主張され、実践された。
バレアレス諸島出身のこのバス・バリトン歌手は、イタリアのレパートリーを中心に国際的な大舞台でキャリアを築いてきたスペイン人歌手の世代に属している。メノルカ音楽院で学び、その後マドリードのソフィア王妃高等音楽院でアルフレード・クラウスに師事し、若くしてデビューした。1998年、21歳の時に『ノルマ』のオロヴェーゾ役でリセウ大劇場との最初の契約を勝ち取った。
その後の活躍は、ロンドンからミラノ、ナポリ、パリ、ベルリンに至るまで、そしてスペイン国内でも多くの舞台に立ち、『愛の妙薬』のドゥルカマーラ、『ドン・ジョヴァンニ』のレポレッロ、『セビリアの理髪師』のフィガロ、『ドン・パスクワーレ』、あるいは『チェネレント』のアリドーロなどを演じてきた。ロッシーニは得意分野ではあるものの、ペーザロでの出演はこれまで『マティルデ・ディ・シャブラン』(2012年)のジナルド役や『ウィリアム・テル』(2013年)のワルター役といった限定的なものにとどまっていた。
今年、『コリントの包囲』の新制作でイエロスを歌った後、彼は4回行われる「ベルカント・コンサート」のシリーズを締めくくった。伴奏を務めたのは、若き日本人ピアニストの林直樹で、その極めて高い技巧はリストの2曲の演奏を通じて披露された。選曲は、スペインの歌曲をアルファ(始まり)とし、ロッシーニをオメガ(終わり)とする、歌手の全体像を描き出すものとなった。
シモン・オルフィラは自身のイベリアのルーツを否定できるだろうか。フェルナンド・オブラドルスがカタロニア語の詩に作曲した『つばめ』から、その声は胸を張り、まるでテアトロ・ロッシーニがスタッド・ド・フランスであるかのように、会場に大きく誇らしげに響き渡った。この豊かな声量は、歌曲よりもオペラに適している。後に歌われたトスティも、同様の非常に主張の強い発声であり、サロン音楽特有の優雅さや洗練が欠けていた。
その硬質で鉱物的な音色は、ヴェルディを花崗岩のように彫り上げる。『ドン・カルロ』のバンコやフィリップ2世は、その明らかな声の長さで石から直接削り出されたかのようである。低音も高音も容易にほとばしり、強調すべき箇所では堅固、あるいは破壊的なまでに響く。スペイン国王の実存的な苦悩や、スコットランドの将軍の静かな恐怖といった内面は、力の意志以外には何も表出されない。表現は、何よりもまず存在感と権威を優先している。
最終的に、ロッシーニにおいて表現の幅が広がった。アリドーロ役ではまだ柔軟性と劇的な真実を模索している段階であったが、ドン・バジリオ役では、最初はほのめかされることで、次にはアンコールでのムスタファ役として、征服的で、虚勢を張り、滑稽で、楽しませるような、より響き渡る「中傷」を披露した。歌いながら笑わせるという、シモン・オルフィラはついにその賭けに勝利した。

