第4回 LPによるレーベル拡大期(1950~60 年代) その4 EMI傘下のレーベル
クラシック・レコードレーベル連載第4回、LP拡大期の英コロンビアと名プロデューサーのウォルター・レッグによる録音史を特集

連載「クラシック・レコードレーベルと演奏家・録音の100年」の第4回として、イギリスを代表する世界的レーベルだったEMI傘下の英コロンビアについて解説された。
EMIレコードのクラシック部門は2013年にワーナー・クラシックスに吸収されたが、元々はグラモフォン(HMV)と英コロンビアが1931年に合併して誕生した。日本では1962年から東芝音楽工業が国内盤を販売し、1973年に本国でもEMIレーベルに統一されたためレーベルの違いは意識されにくいが、1950年代まではスタジオや機材を共有しつつも所属アーティストやスタッフは異なっていた。
モノラルLP期の英コロンビアを牽引したのはプロデューサーのウォルター・レッグ(1906~79)である。レッグはHMVで協会方式を発案した後にコロンビアへ移り、第二次大戦終戦直後にはカラヤン、シュヴァルツコップ、ホッター、リパッティなどを発掘して専属契約を結んだ。レッグは単に実演を記録するのではなく、未来の規範となりうるレコードの制作を目指した。
レッグは1945年にフィルハーモニア管弦楽団を設立し、1946年からウィーン・フィルとセッション録音を行わせていたカラヤンを1948年にロンドンに招いて同団との録音を開始させた。第1弾となったディヌ・リパッティ独奏によるシューマンのピアノ協奏曲をはじめ、ベートーヴェンの交響曲全集や、《ヘンゼルとグレーテル》《ナクソス島のアリアドネ》《ばらの騎士》《こうもり》などのオペラ全曲盤が制作された。
またレッグは1952年にマリア・カラスと専属契約を結び、1953年にはミラノ・スカラ座との専属録音契約第1弾としてベッリーニの《清教徒》を録音。同年にデ・サバタ指揮によるプッチーニの《トスカ》を録音したほか、カラスが舞台で歌っていない役や実演で共演していないカラヤンとの共演など、「レコードのオペラ」ならではの録音を後世に残した。
さらに、1953年にレッグと結婚したソプラノのエリーザベト・シュヴァルツコップとは、スタジオ録音の利点を生かした繊細で艶麗な表現を追求した。カラヤン指揮による《ばらの騎士》全曲録音では初期ステレオと同時にモノラル録音が行われ、レッグの理想をより明確に伝えるモノラル盤の完成度の高さが示されている。